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荊門市博物館

中国荊門・荊州学術調査報告 INDEX

◆荊門市博物館(2005年8月31日午前10時~12時訪問)

写真  2 荊門市博物館

写真 2 荊門市博物館

8月31日午前9時45分、宿泊先のホテル(荊門市の鳳凰花苑酒店)から専用マイクロバスで荊門市博物館(写真2)に向かった。約十分あまりで到着。

博物館は、荊門市内の繁華街象山大道の北端にあり、建物は、古式ゆかしい伝統的建築物で統一されていた。一九八四年の創建であるが、その後、1984~85年にかけて、荊門付近の道路建設に伴い数百座の墳墓が発見され、また86~87年にかけて、包山楚墓など八十座の墓群が発見されるなど、荊門市博物館は一躍脚光を浴びることとなった。さらに、1993~94年にかけて、盗掘を発端とする紀山古墓群の調査が進められたことから、1993年に急遽新館が増設された。さらに、1993年秋に発見された郭店楚簡の整理・研究を推進するため、2000年4月には「郭店楚簡研究中心」が併設された。現在、敷地面積は約一万平方メートル、職員数は七十人余、収蔵品は、国家一級文物六十余点を含む一万二千点にのぼるという。

同博物館では、まず館長の翟信斌先生ならびに「郭店楚簡研究中心」主任の崔仁義先生の挨拶を受けた。ここで、今回の旅行団の団長・浅野裕一教授から、関係著書の寄贈が行われた。その後、崔先生が館内を詳しく説明して下さった。

まず包山楚墓の展示室を見学。包山楚墓の棺椁や出土品を実見し、また包山楚墓および他の紀山古墓群の位置関係などを展示パネルによって確認した。次に、「珍宝館」と記された展示室に入った。ここでは、郭店一号楚墓から出土した竹簡のレプリカ(原寸大)が整然と展示されていた。『老子』『太一生水』『成之聞之』『魯穆公問子思』『尊徳義』など、これまで釈読を重ねてきた竹簡が展示室いっぱいに陳列されている様子は圧巻であった。

写真3郭店楚簡の原簡を調査

写真3郭店楚簡の原簡を調査

その後、別室に招かれた我々は、いよいよ郭店楚簡の実物(原簡)を拝見した(写真3)。今回閲覧を許されたのは、『太一生水』『魯穆公問子思』『語叢三』『語叢四』の竹簡計四本である。いずれも薬液入りの試験管の中に収められていた。これまで、写真版でしか見られなかった竹簡の実物を目にし、特に竹簡の形態や文字の様子、また、写真版では示されたことのない竹簡の側面や背面の状態を直接把握できたことは大きな収穫であった。

また、館内には、郭店楚墓の墓葬年代について、「武漢地質学院測値中心」による証明書「同位素分析成果報告単」が掲示されていた(写真4)。それによれば、郭店一号楚墓の「棺木」の炭素14の測定値が「2340+-170年」であり、その測定の基準年は、国際標準年である「1950年」であると明示されていた。すなわち、この測定数値によれば、郭店楚墓の造営時期は、紀元前390年頃(+-170年)となり、例えば、近隣の包山楚墓(竹簡に記された紀年から紀元前316年の造営であることが判明している)などに比べてやや古い時期の造営である可能性が高いということになる。この点は、これまで日本に伝えられたことのない極めて貴重な情報である。

従来、戦国楚簡の研究において、上博楚簡は炭素14の測定値が公表されているものの出土地が特定されておらず、一方、郭店楚簡については他の多くの副葬品の考古学的編年から紀元前三百年頃という見解が示されているものの、炭素14の測定値が公表されていない、という状況にあった。このことが、戦国楚簡研究に対して二の足を踏む研究者がいるという原因の一つにもなっていたと思われる。

 (クリックで拡大)写真4 炭素14の測定値

(クリックで拡大)写真4 炭素14の測定値

ところが、荊門市博物館には、1994年7月付けの炭素14の測定値が明示されているのである。この証明書は以前から館内に掲示されていたのか、それとも近年初めて掲示されるようになったのかは分からないが、いずれにしても、これまで同館を訪問した研究者からは伝えられなかった新情報である。

さらに、郭店楚簡と上博楚簡との関係についても重要な解説を聞くことができた。上博楚簡は盗掘された後、香港の古玩市場に流出していたものを上海博物館蔵が購得したものであるが、盗掘された地点は明らかにされていない。ところが、出土地点について郭店楚墓と同じく湖北省であるとの噂は以前から伝えられていた。この点について質問したところ、崔仁義先生より、明確なことは言えないものの、双方の竹簡に付着していた土の質が類似しており、また、竹簡の字体が極めてよく似ていることから、上博楚簡の出土地も、同じく紀山古墓群内である可能性が高いとの教示を得た。この点も、上博楚簡の資料的性格を考える際の重要な情報である。
二時間ほどの訪問ではあったが、多くの学術的情報を得ることができ、我々にとってはきわめて貴重な体験となった。

(湯浅邦弘)

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