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荊州博物館

中国荊門・荊州学術調査報告 INDEX

◆荊州博物館(9月1日午後1時40分~4時訪問)

写真15 陳列大楼

写真15 陳列大楼

写真16 荊州出土簡牘文字展(展示室入口)

写真16 荊州出土簡牘文字展(展示室入口)

荊州博物館は1958年に建てられ、陳列大楼・文物保管大楼・珍品館・協公楼や唐の開元年間に創建された開元観などの建築物からなり、建築総面積約三万平方メートル、展示総面積約四千平方メートル、展示文物三千余件という大規模な博物館である。

荊州博物館の歴史文物陳列展覧は、以下の七つの専題によって構成されている。

  1. 江漢平原原始文化展
  2. 江漢平原楚漢文化展
  3. 伝世文物展
  4. 荊州出土簡牘文字展
  5. 荊州鳳凰山一六八号漢墓展
  6. 古代漆器精品展
  7. 古代絲織品展

このうち1)から4)の四室は陳列大楼(写真15)にあり、5)から7)の三室は中庭の池に面した珍品館にある。以下、簡牘資料にかかわる4)荊州出土簡牘文字展(写真16・17)、5)荊州鳳凰山一六八号漢墓展(写真18)の展示内容を報告する。

(一)荊州出土簡牘文字展

写真17 荊州出土簡牘文字展(展示風景)

写真17 荊州出土簡牘文字展(展示風景)

この展示室で中心的な位置をしめるのが、1983年から84年にかけて出土した張家山二四七号漢墓竹簡である。「二年律令」「奏讞書」「算数書」「蓋廬」「引書」「脈書」の一部が、それぞれ名称を記したラベルを付して、四台の展示ケースのなかに展示されていた。竹簡は一簡ずつガラス板にはさんで密封した状態で並べられており、竹簡の状態や筆跡、篇綴痕などから原簡と見なされる。張家山漢簡以外では、1992年出土の高台十八号漢墓木牘(原簡)、1992年出土の周家台三十号秦墓竹簡「綫図」(原簡)、1978年出土の天星観一号楚墓竹簡(複製)の一部が展示されていた。

ここでわが国でもとくに関心の高い、張家山漢簡「二年律令」について、原簡の現状を少し詳しく報告しておこう。

「二年律令」の竹簡はガラスケースの中に十八簡が展示してあった。メモをもとに『張家山漢墓竹簡[二四七号墓]』(文物出版社、2001年)の番号と照合すると、右から、439・76・488・329・427・435・483・86・90・474・75・97・434・494・345・71・208・64の順にランダムに排列されていた。ちなみにこうした展示方式は、他の竹簡においても同様であった。 原簡を実見して感じたことは、竹簡の劣化がかなり進行していることであった。保存整理が行われてほどなく撮影されたと見なされる『張家山漢墓竹簡[二四七号墓]』の図版においても、すでに竹簡の損傷や文字の薄れが見られたわけであるが、出土から二十一年を経て、竹簡の断裂や歪曲が顕著となり、墨の脱色も進行しているように見うけられた。例えば、86・329・435・439などの竹簡には図版に見られない亀裂が生じ、329・435はそれが文字にも及んでいた。また、427には下部の「其」字と「二」字との間に新たな断裂が見られた。さらに488は図版においても墨色が薄く判読しにくい部分があったが、現状ではほとんど文字の痕跡を認めがたいほどに薄れていた。

出土・公表後における簡牘の保存管理の問題については、すでに敦煌漢簡・居延漢簡との関連から、大庭脩先生が指摘しておられる(『大英図書館蔵
敦煌漢簡』〈同朋舎、1990年〉序言・解説編「むすび」参照)。現在、陸続と発見・公表される新出土簡牘の研究に追われる状況であるが、同時に中国各地の博物館や研究所などに所蔵される大量の簡牘の保存・管理をどのように進めていくかについても、対応が急がれる課題であることをあらためて痛感した。

(二)荊州鳳凰山一六八号漢墓展

写真18 荊州鳳凰山一六八号漢墓展

写真18 荊州鳳凰山一六八号漢墓展

 鳳凰山一六八号漢墓は1975年に発掘され、墓主である男性の湿屍体の発見が大きなな話題となったが、簡牘・文書用具・漆器など貴重な副葬品も数多く出土している。

展示品のなかの文字資料として、まず注目されるのは竹牘である。竹牘は、約23cmの輪切りにした竹を縦に割き、表側を五面に面取りして、四行に墨書されており、内容は生前の「江陵丞」から死後の「地下丞」へあてた墓主の身分証明書、いわゆる「冥土へのパスポート」と呼ばれるものである。保存状態はきわめてよく、長脚体の点画を交えた変化に富む草隷の文字の鮮明さに思わず目を見張った。なお類似の形式をもつ竹牘の例は包山楚簡にもあるが、こちらは副葬品の車馬にかかわる内容であり、両者の性格は異なっている。

その他の文字資料としては、墓主の口の中に含まれていた姓か名と見なされる「遂」字を陰刻した玉印、正面・背面に計量の不正を罰する条文、側面に「□黄律」の文字が書かれた天秤衡杆が展示されていた。

また、文字資料と密接な関係をもつ資料として、毛筆・筆套・墨(顆粒)・石硯・研墨石・無字木牘・削刀の文書用具一式の展示も注目された。文字を記した簡牘とともに、これらの文書用具を詳細に観察することができ、現在では把握し難い当時の文字書写の実態を知る上で、きわめて有意義であった。

(福田哲之)

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