文献案内

  • 新出土資料に関する文献の内、特に重要な参考文献を「日本語文献」「中国語文献」に大別した上で紹介する。
  • この文献案内の一部は、大阪大学中国学会『中国研究集刊』に連載中の「新出土資料関係文献提要」を基にしている。

◆日本語文献

■『竹簡学―中国古代思想の探究―』

(湯浅邦弘、大阪大学出版会、二〇一四年五月)

book2014-01著者による新出土文献研究の成果を収めた書。上博楚簡・清華簡・岳麓秦簡・北京大学蔵西漢竹書(北大漢簡)を主な考察対象としている。

第一部「儒家思想と古聖王の伝承」では、主に儒家思想に関係する新出土文献を取り上げる。まず序章では、出土した竹簡の概要を紹介し、それらが中国古代思想史研究においてどのような意義を持つのかについて述べる。第一章では、上博楚簡『季康子問於孔子』『君子為礼』『弟子問』を手がかりに、儒家思想における「君子」について考察する。第二章では、上博楚簡『顔淵問於孔子』を取り上げ、顔淵の人物像、儒家集団と俸禄・仕官、儒家系文献の形成といった観点について考察する。第三章では、上博楚簡『挙治王天下』を取り上げ、「堯舜禹」といった古聖王の系譜の型について検討する。第四章では、清華簡『程寤』を取り上げて、その主題と思想史的意義について考察する。

第二部「王者の記録と教戒―楚王故事研究―」では、上博楚簡に含まれる楚王故事の中でも、『荘王既成』『申公臣霊王』『平王与王子木』『平王問鄭寿』『昭王毀室』『君人者何必安哉』を取り上げ、これらの文献は、楚王やその太子、貴族等を主な読者対象とし、教戒を目的に編纂されたものである可能性を指摘している。

第三部「新出秦簡・漢簡に見る思想史」では、岳麓秦簡『占夢書』、銀雀山漢簡「論政論兵之類」、北大漢簡『老子』を考察対象とする。第一章では、岳麓秦簡『占夢書』を取り上げ、敦煌本『新集周公解夢書』や「日書」との比較を通して、その思想史的意義を探る。第二章では、銀雀山漢簡「論政論兵之類」五十篇の中で、ひとまとまりの文献と推定されている十二篇に注目し、その時代性や兵学思想史上の特質を検討する。第三章では、「論政論兵之類」のうち、興軍の時節について述べる「起師」と、将軍の持つべき資質について述べる「将義」を取り上げ、それぞれの特質を明らかにする。第四章では、「論政論兵之類」の「客主人分」「奇正」を取り上げ、その思想的特質について考察する。第五章では、北大漢簡『老子』の「道経」「徳経」の前後関係や、他本との語句の異同を手がかりに、北大漢簡『老子』の文章的特質、思想的特質を明らかにする。

また、冒頭には、新出土資料を扱う上で重要となる専門用語をまとめた「竹簡学用語解説」を、末尾には「書評 陳偉等著『楚地出土戦国簡冊〔十四種〕』」を附す。

■『地下からの贈り物 新出土資料が語るいにしえの中国』

(中国出土資料学会編、東方選書、二〇一四年六月)

 新出土資料について解説した書。初学者を主な対象としている。全二章、四十六節(加えてコラム一節)で構成され、それぞれの専門家が分担執筆している。

第一章「出土資料でわかること」では、「暦」「家族」「食事」「貨幣」「諸子百家」「戦争」「文字」「医学」等、多様なテーマを掲げ、墓、青銅器、簡牘、帛書、画像石といった出土資料から新たにどのようなことが判明したのかについて、平易な文章で解説している。

第二章「どこから出てきたか」では、出土地ごとに項目を立て、どのような資料が出土したのかについて紹介し、新たに判明した事柄についても言及している。

本書の特徴としては、普段あまり取り上げられることのないテーマや出土物に対しても、項目を立てて解説している点が挙げられる。例えば、「中国古代のボードゲーム」(第一章第二十五節)では、「六博」という双六のようなゲームを取り上げている。また「長安と固原」(第二章第二十節)では、長安から出土した南北朝~隋唐期の墓誌石について、井真成墓誌だけでなく、ソグド人墓誌や百済遺民祢氏一族墓誌についても紹介する。

本書は、これまでの出土資料研究を包括的に捉えた初の概説書であり、初学者のみならず、研究者にとっても有益な情報を提供している。

■『竹簡が語る古代中国思想(三)─上博楚簡研究─』

(浅野裕一編、汲古書院、二〇一〇年三月、四一二頁、縦組和文)

上博楚簡第七分冊所収文献を中心に取り上げた論文集。本書は、「戦国楚簡研究会」の共同研究の成果であり、『竹簡が語る古代中国思想-上博楚簡研究-』(2005年4月)、『竹簡が語る古代中国思想(二)-上博楚簡研究-』(2008年8月)の続刊にあたる。著者は、浅野裕一、湯浅邦弘、福田哲之、福田一也、草野友子の五名。全十二章、附篇一篇。

第一章「上博楚簡『柬大王泊旱』の災異思想」(浅野裕一)では、『柬大王泊旱』に見られる「上帝・上天」と「君主」とを直結する天人相関思想が、在地の「鬼神」と君主とを結合する思想とは一線を画するものであり、本篇が斉・魯で成立した「為政に対する人為的努力を最優先」する文献と同様に、祭祀呪術に頼る神頼みや神秘主義を排除して、周初の上天信仰に回帰するかのような思想傾向を示している点に重要な意義があると指摘されている。
続く第二章から第四章には、『凡物流形』に関する論文が収録されている。まず第二章「上博楚簡『凡物流形』の全体構成」(浅野裕一)では、『凡物流形』を釈読し、『凡物流形』が《問物》と《識一》の二つの内容よりなることが示されている。第三章「苗族創世歌と上博楚簡『凡物流形』《問物》―『楚辞』天問の淵源―」(浅野裕一)では、『凡物流形』の《問物》部分を取り上げ、体裁・内容が類似する苗族創世歌や『楚辞』天問と比較検討することによって、《問物》の成立年代を苗族創世歌と『楚辞』天問の間に位置付けている。さらに第四章「上博楚簡『凡物流形』《識一》の道家思想」(浅野裕一)では、『凡物流形』の《識一》部分を取り上げ、《識一》にみえる宇宙生成論・唯心主義的傾向について、他文献と比較しながら検討を加えることにより、《識一》の成立が『老子』より先行する可能性が高いと結論付けている。

第五章から第七章には、上博楚簡に含まれる楚王故事関連文献が研究対象として扱われている。第五章「教戒書としての『君人者何必安哉』」(湯浅邦弘)では、まず釈読を通して、本篇を昭王の過度な禁欲に対する老臣范乗の諫言を記すものと捉え、これが『国語』楚語に記される王の「治国の善語(国家統治の際の名言)」ではないにしろ、『平王問鄭寿』や『平王与王子木』のように、むしろ反面教師としての王を描くことにより、そこから教訓を得られる類の楚国故事であった可能性があるとしている。続く第六章「別筆と篇題―『上博(六)』所収楚王故事四章の編成―」(福田哲之)では、『荘王既成 申公臣霊王』『平王問鄭寿』『平王与王子木』の編聯問題について、竹簡の形制および字体という観点から検討が加えられ、その結果、当初欠失を含む別個の二篇とされた『平王問鄭寿』と『平王与王子木』とが、『荘王既成 申公臣霊王』同様、連写された二章として首尾完全な形で復原可能であることが指摘されている。また第七章「上海博物館蔵戦国楚竹書の特異性―『君人者何必安哉(甲本・乙本)』を中心に―」(福田哲之)でも、『君人者何必安哉』の甲本・乙本の字体に注目し、甲乙両本が、同一の親本にもとづく「習字簡」であった可能性が高いと述べられている。

第八章「『大戴礼記』武王践阼篇の成立―上博楚簡『武王践阼』を手掛かりとして―」(福田一也)では、上博楚簡『武王践阼』甲本・乙本を釈読し、その上で現在通行する『大戴礼記』武王践阼篇と比較することにより、主に甲本系の説話をベースとしながら、そこに乙本系の内容を盛り込む形で現行本『大戴礼記』武王践祚篇が編集されたのではないかとの見解が示されている。

第九章および第十章では、再び上博楚簡に含まれる楚王故事が取り上げられている。第九章「中国古代における王の呼称―上博楚簡『鄭子家喪』を中心として―」(草野友子)では、楚王故事の中で、「王」と「君王」の呼称が同時に見えることに注目し、両者が意図的に使い分けられていたこと、特に「君王」が会話部分における用法であった可能性があると指摘されている。続く第十章「上博楚簡『申公臣霊王』の全体構造」(草野友子)では、『申公臣霊王』を取り上げ、類似する『左伝』の記述内容と対照しながら、その全体構造を明らかにしている。

第十一章「儒家による『易』の経典化」(浅野裕一)では、新出土文献にみえる『易』関連の記述および、馬王堆帛書『周易』・上博楚簡『周易』を踏まえ、『易』の成立が、秦初以前であったことを指摘する。また『易』の経典化が、儒家の中でも『易』を信奉する一派によって為されたであろうことを明らかにしている。

第十二章「新出土文献と思想史の書き換え―日本における先秦思想史研究―」(浅野裕一)では、先秦思想史研究(儒家・道家・墨家・兵家の思想研究など)において、新出土文献がもたらした影響がどのようであるかを、様々な視点から総合的に述べている。また本章では、日本における新出土文献の研究状況についても、併せて紹介されている。

附篇「楚墓郭室材に対する炭素14年代測定結果の紹介」(浅野裕一)では、新出土資料の成立年代を推測する上で有力な手がかりとなる炭素14年代測定について、実際に試料(紀山近辺の楚墓の郭室材)の測定を通して、その分析方法や解析結果を解説している。

(参考:「新出土資料関係文献提要(十二)」(『中国研究集刊』第58号所収))

■『出土文献から見た古史と儒家経典』

(浅野裕一・小沢賢二著、汲古書院、二〇一二年八月、四五六頁、縦組和文(第九章・第十章・第十一章のみ横組和文))

上博楚簡や清華簡・馬王堆帛書等の出土資料を用いて、古代史書・儒家経典を再考した研究書。全十一章。第一章から第七章までを浅野裕一氏、第八章から第十一章までを小沢賢二氏が執筆している。

第一章から第三章については、出土資料中の史書的性格を持つ文献が取り上げられて考察されている。まず第一章「清華簡『楚居』初探」では、『楚居』中に、楚の始祖と殷王・盤庚との婚姻関係が語られていることや、楚人が自身を「楚人」と称していること等、『楚居』がもたらす五つの新知見を紹介している。続く第二章「上博楚簡『王居』の復原と解釈」では、まず竹簡の形制や字体から『王居』『志書乃言』『命』が密接に関わる文献であるとして、それら三篇にまたがる再配列案が提示されている。また、他文献との比較を通して『王居』に登場する楚王が恵王であることや、『王居』の著述意図を王の賢明な行動を取り上げて称揚することにより、太子を始めとする王族や高級貴族の子弟に対し、統治者たる振る舞いを諭すことにあったのだろうと結論付けている。また、第三章「史書としての清華簡『繋年』の性格」では、『繋年』が先行する史書から材料を選別・抽出して主題別に編集され、さらにそれらが時代順に配列された文献であったとの見解が示されている。

第四章から第七章では、思想史的な観点から、出土資料によって得た知見を活用しつつ、儒家経典を再考している。まず第四章「『大学』の著作意図―「大学之道」再考―」では、『大学』とその他の儒家系文献(『論語』や『中庸』等)の内容とを対照することにより、『大学』が孔子素王説の考え方を下敷きに著述されたものであったこと、また『大学』に見える八条目が、当初の「孔子失敗の人生と王者たらんとする高遠な理想との落差を埋める」という意図を越え、後に「学びて聖人に至らんとする理念を標榜した朱子学」に自己修養の方策として取り込まれたと考えられることを明らかにしている。続く第五章「孔子の弁明―帛書易伝「要」篇の意図―」では、「要」篇の著作意図が、『易』経典化に反対する勢力の批判を封じることにあったのだろうという見解を示し、また第六章「五十歳の孔子―「知天命」と「格物致知」―」では、『論語』為政篇にみえる孔子の語「五十而知天命」について、自身の願望が叶わなかったことへの自己救済として「天」を語った内容であった可能性があると指摘している。さらに第七章「論『論語』」では、『論語』の「必ずや名を正さんか」(子路篇)という正名思想に則り、まずは『論語』という名称自体について明確にしたいとする目的のもと、検討が進められている。その結果、『論語』のテキストには重複箇所が散見することより、『漢書』芸文志に「孔子の門人が各々記述した孔子の言葉を持ち寄り議論し編集したので「論語」という」と記される記述は成り立たず、新出土文献に記述される戦国古文字の特色からして、『論語』の「論」とは、元々「侖」(竹簡を集め、順序立てて編集する)という意味であった可能性が高いと述べている。

第八章から第十一章では、天文・暦法・音韻学・書誌学・古文書学等の観点から、古代史書・儒家経典を検討している。第八章「清華簡『尚書』文体考」では、今文『尚書』に見える特殊な成語・定型句等を手がかりに、主に文体という観点から清華簡『尹至』『保訓』『周武王有疾周公所自以代王之志(金縢)』を分析している。また第九章「中国古代における文書の成立と『尚書』の位置」では、金文資料を用いて、西周時代における文書形式の変遷と正書法のシステムを明らかにしている。続く第十章「中国古代における編年史料の系譜」では、清華簡『繋年』に加え、『古本竹書紀年』『春秋』『左伝』を、天文暦法・音韻学・文書学の観点から考察している。最終章である第十一章「カールグレン『左伝真偽考』への軌跡」では、スウェーデンの言語学者カールグレンの主張した「原始漢語=屈折語(語形が変化する言語)」説について、言語学の視点から批判を行っている。さらに本章では、清華簡等の出土資料を踏まえ、原始漢語における人称代名詞についても検討が加えられている。

(参考:「新出土資料関係文献提要(十二)」(『中国研究集刊』第58号所収))

■『古代思想史と郭店楚簡』

(浅野裕一編、汲古書院、二〇〇五年十一月、三八六頁、縦組和文)

郭店楚簡について、「戦国楚簡研究会」による共同研究の成果をまとめた書。中国哲学・中国古文字学の視点から郭店楚簡を考究する論考十六篇を収録する。第一部「総論」、第二部「思想史研究」、第三部「古文字学研究」の三部で構成されている。

第一部「総論」の第一章「戦国楚簡と古代中国思想史の再検討」(浅野裕一)では、戦国楚簡を取り扱う意義を明らかにし、戦国楚簡研究が中国古代思想史研究にいかなる再検討を迫るかについて概説している。

第二部「思想史研究」は十二章からなり、文献の性格、伝世文献との比較・文献の思想的な特色等についての論考をそれぞれ掲載する。各章の題目は次の通り。第一章「『六徳』の全体構造と著作意図」(湯浅邦弘)、第二章「郭店楚簡『緇衣』の思想史的意義」(浅野裕一)、第三章「『窮達以時』の「天人之分」について」(浅野裕一)、第四章「『唐虞之道』の著作意図―禅譲と血縁相続をめぐって―」(浅野裕一)、第五章「『魯穆公問子思』における「忠臣」の思想」(湯浅邦弘)、第六章「『尊徳義』における理想的統治」(菅本大二)、第七章「郭店楚簡『性自命出』と上博楚簡『性情論』との関係」(竹田健二)、第八章「郭店楚簡『性自命出』・上博楚簡『性情論』の性説」(竹田健二)、第九章「『五行篇』の成立事情―郭店写本と馬王堆写本の比較―」(浅野裕一)、第十章『春秋』の成立時期―平辣説の再検討―」(浅野裕一)、第十一章 『太一生水』と『老子』の道(浅野裕一)、第十二章 『語叢』(一・二・三)の文献的性格(福田哲之)。

第三部「古文字学研究」は、主に文字学の観点から竹牘に記された内容が検討されている。全三章よりなり、各章の題目は次の通りである。第一章「『語叢三』の再検討―竹簡の分類と排列―」(福田哲之)、第二章「戦国簡牘文字における二様式(福田哲之)、第三章「楚墓出土簡牘文字における位相」(福田哲之)。

本書に収録されているいずれの論考も、他の学術雑誌に既出の論文を再編したものであり、初出については巻末に「初出誌一覧」としてまとめられている。

■『郭店楚簡の研究』第六巻・第七巻

(大東文化大学郭店楚簡研究班編、大東文化大学大学院事務室。第六巻、二〇〇五年三月、二二三頁。第七巻、二〇〇六年三月、二六八頁。縦組和文)

郭店楚簡『性自命出』の訳注と関係論著目録とを収録した書(第六巻に「その三」、第七巻に「その四」が収められている。第四巻より始まった『性自命出』の訳注は、第七巻をもって完結している)。大学院ゼミの成果をまとめたものであり、訳注の底本には文物本を用いている。

「その三」では、第五十号簡~第六十七号簡までを、「その四」では、第二十一号簡~第三十五号簡までを掲載している。第七巻に第二十一号簡~第三十五号簡までが掲載されたことについては、授業の時間に行っているという教育上の事情によることが序文に記されている。

「本文」「訓読」「口語訳」「注」からなり、非常に詳細な注釈を備えている。また、『上海博物館蔵戦国楚竹書(一)』(馬承源主編、上海古籍出版社、二〇〇一年十一月)所収の『性情論』が、『性自命出』と同じ楚系文字を用い、同じ時代に楚国で抄写された、同じ内容を有する儒家の思想文献であるため、『性情論』をも検討の対象としている。郭店楚簡『性自命出』・上博楚簡『性情論』はもとより、儒家の性論を再検討する上でも、非常に有益な資料となろう。

なお、本書の第一巻には『太一生水』『窮達以時』の訳注・関係論著目録、第二巻には『魯穆公問子思』『忠臣之道』の訳注・関係論著目録、第三巻には郭店楚簡に関する論文、第四巻には『性自命出』の訳注「その一」・関係論著目録、第五巻には『性自命出』の訳注「その二」・関係論著目録が収録されている。

■『上博楚簡研究』

(湯浅邦弘編、汲古書院、二〇〇七年五月、四八七頁、縦組和文)

上博楚簡について、「戦国楚簡研究会」による共同研究の成果をまとめた書。

本書は、上博楚簡に関する論文十八篇を収録し、その内容は、主に上博楚簡の第四分冊・第五分冊所収の文献に関するものである。第一部「総論」、第二部「思想史研究」、第三部「字体・竹簡形制研究」の三部構成である。

第一部「総論」は二章からなる。第一章「戦国楚簡と中国古代思想史研究」では、湯浅邦弘氏が戦国楚簡を取り扱う意義を明らかにし、戦国楚簡研究が中国古代思想史研究にいかなる再検討を迫るかについて概説している。第二章「新出土資料と諸子百家研究」では、浅野裕一氏が新出土資料の発見が諸子百家研究にどのような影響を及ぼしつつあるかについて紹介している。

第二部「思想史研究」は十二章からなり、文献の性格、伝世文献との比較、思想的特色等についての論考が掲載されている。各章の題目は次の通り。第三章「『三徳』の全体構造と文献的性格」(湯浅邦弘)、 第四章「『三徳』の天人相関思想」(湯浅邦弘)、第五章「『君子爲禮』と孔子素王説」(浅野裕一)、第六章「『相邦之道』の全体構成」(浅野裕一)、第七章「『内礼』の文献的性格」(福田哲之)、第八章「『季康子問於孔子』の編聯と構成」(福田哲之)、第九章「荀子「天人之分」論の批判対象─上博楚簡が語るもの─」(菅本大二)、第十章「父母の合葬─『昭王毀室』─」(湯浅邦弘)、第十一章「語り継がれる先王の故事─『昭王與龔之宣』─」(湯浅邦弘)、第十二章「『鬼神之明』と『墨子』明鬼論」(浅野裕一)、第十三章「『曹沫之陳』の兵学思想」(浅野裕一)、第十四章「『鮑叔牙與隰朋之諫』の災異思想」(浅野裕一)、第十五章「『彭祖』における「長生」の思想」(湯浅邦弘)。

第三部「字体・竹簡形制研究」は三章からなり、竹簡の字体や形制についての論考を掲載している。各章の題目は次の通り。第十六章「出土古文献復原における字体分析の意義」(福田哲之)、第十七章「『曹沫之陳』における竹簡の綴合と契口」(竹田健二)、第十八章「上博楚簡『采風曲目』の竹簡の形制について─契口を中心に─」(竹田健二)。

■『郭店楚簡儒教の研究―儒系三篇を中心にして―』

(李承律著、汲古書院、二〇〇七年十一月、六六〇頁、縦組和文)

郭店楚簡に関する研究書。郭店楚簡と、他の文献資料とを比較考察することによって、中国古代の思想文化の特質及びその全体像を解明している。主に取り上げている文献は、郭店楚簡『唐虞之道』『性自命出』『魯穆公問子思』の三篇である。

序論「郭店楚墓竹簡と中国古代思想史研究」では、郭店楚簡と中国古代思想史研究について概説している。

第一部「『唐虞之道』の堯舜禅譲説の研究」では、『唐虞之道』のメインテーマである堯舜禅譲説及び愛親と尊賢、さらに堯舜禅譲説を特徴づける利・養生・知命・謙遜の四つのキーワードについて考察している。各章の題目は次の通り。第一章「『唐虞之道』の堯舜禅譲説」、第二章「『唐虞之道』の愛親と孝思想の特質」、第三章「『唐虞之道』の尊賢思想と先秦時代の尚賢論」、第四章「『唐虞之道』の社会的利思想」、第五章「『唐虞之道』の養生思想」、第六章「『唐虞之道』の知命と中国古代の命論」、第七章「『唐虞之道』の謙遜思想」、おわりに「『唐虞之道』の成立時期と所属学派」、付章「『唐虞之道』の本文・訓読・口語訳」。

第二部「『性自命出』の性情説と礼楽説の研究」では、『性自命出』の中に見える自然秩序観と聖人制作説とが錯綜した状態にあることを手がかりに、性情論及び礼楽説が儒家内部でどのように展開したか、道家の性説と人為否定の論理とをどのように克服したか等の諸問題を考察している。各章の題目は次の通り。第一章「問題の所在」、第二章「『性自命出』の性情説」、第三章「『性自命出』の礼楽説―礼学の根源」、第四章「『性自命出』の礼楽説の漢代儒教への影響」。

第三部「『魯穆公問子思』の忠臣観の研究」では、『魯穆公問子思』の中心思想である忠臣観や、君臣関係を支える原理である爵禄と義をめぐる思想的歴史的背景等の問題を中心に論を進めている。各章の題目は次の通り。第一章「『魯穆公問子思』の忠臣観の特徴」、第二章「先秦時代の忠―まこと・まごころの忠と忠君・忠誠の忠」、第三章「『荀子』臣道篇における忠のランクづけと『韓非子』の忠」、第四章「諸他の文献に見られる忠臣との比較考察」、第五章「爵禄と義」。

結論「郭店一号楚墓より見た中国考古類型学の方法論と白起抜郢の問題」では、以上の思想史的検討に加え、考古学の視点から郭店楚簡の墓葬年代に関する諸問題を再検討している。

■『上海博楚簡の研究(二)』

(大東文化大学上海博楚簡研究班編、大東文化大学大学院事務室、二〇〇八年三月、二三六頁、縦組和文)

上博楚簡『周易』の訳注と関係論著目録とを収録した書。『上博楚簡の研究(一)』(二〇〇七年三月刊行)に掲載された上海博楚簡『周易』訳注「その一」の続編にあたる。大学院ゼミの成果をまとめたものであり、底本には、『上海博物館蔵戦国楚竹書(三)』(馬承源主編、上海古籍出版社、二〇〇四年三月)所収の『周易』を用いている。

本書では、まず「関係論著目録」として、上博楚簡『周易』について論じた著書・雑誌論文・インターネット論文などを順次列記している。掲載されている論著は、二〇〇七年十二月までのものである。

次に、上博楚簡『周易』の訳注を掲載する。各卦毎に、「本文」「訓読」「口語訳」「注」で構成されている。具体的には、第十六簡から第二十九簡まで(随卦・蠱卦・復卦・无妄卦・大畜卦・頤卦・咸卦・恒卦)の訳注が掲載されている。

本書には、詳細な注釈が施されており、通行本・馬王堆本・阜陽漢簡本等との比較検討も行われているため、『周易』を研究する上で有益な資料となるであろう。

■ 『竹簡が語る古代中国思想(二)―上博楚簡研究―』

(浅野裕一編、汲古書院・汲古選書、二〇〇八年九月、三三九頁、縦組和文)

上博楚簡に関する研究書。「戦国楚簡研究会」の共同研究の成果である。全十章、附篇二篇で構成され、主に上博楚簡の第五分冊・第六分冊に関する論考を収録する。

第一章「上博楚簡『姑成家父』における百豫」(浅野裕一)は、晋の三郤が登場する『姑成家父』を取り上げ、本文献における「百豫」の意味を考察した後、その文献的性格を明らかにしている。第二章「上博楚簡『競公瘧』における為政と祭祀呪術」(浅野裕一)は、『競公瘧』に説かれる君主の為政と祭祀呪術との関係を考察するとともに、古代思想史上に占める位置についても検討している。第三章「上博楚簡『天子建州』における北斗と日月」(浅野裕一)では、『天子建州』には礼と天体とを結合する思考が見られることを指摘している。

第四章から第六章では、上博楚簡中の楚王に関する文献が取り上げられている。第四章「上博楚簡『荘王既成』の「予言」」(湯浅邦弘)、第五章「太子の知―上博楚簡『平王與王子木』―」(湯浅邦弘)、第六章「上博楚簡『平王問鄭寿』における諫言と予言」(湯浅邦弘)では、それぞれ文献の釈読を行った上で、その文献の特質や著作意図等を明らかにしている。そして、これらの文献は、楚の王や太子に対する教戒の書であったと推測している。第七章「戦国楚簡と儒家思想―「君子」の意味―」(湯浅邦弘)は、上博楚簡『孔子見季桓子』『君子為礼』『弟子問』『従政』を手がかりに、儒家思想における「君子」について再考している。

第八章「上博楚簡『弟子問』考釈―失われた孔子言行録―」(福田哲之)は、拼合・編聯による残簡の復原と、『論語』との比較による内容・構成の分析とによって、『弟子問』全体の釈読・考証を行う。続く第九章「上博楚簡『弟子問』の文献的性格―上博楚簡に見える孔子に対する称呼―」(福田哲之)では、『弟子問』と他の上博楚簡の儒家系文献とにおける孔子に対する称呼を比較することにより、『弟子問』の文献的性格を明らかにしている。
第十章「上博楚簡『慎子曰恭倹』の文献的性格」(竹田健二)は、『慎子曰恭倹』の文献的性格や上博楚簡の成立時期との関連から、「慎子」が慎到とは考えがたいことを指摘している。

附篇には、残簡同士を綴合して竹簡の復原を試みるという内容の論考、及び上海博物館が刊行を予定している戦国楚簡「字書」に関する重要な報告を掲載する(「上博楚簡『孔子見季桓子』1号簡の釈読と綴合」(福田哲之)、「上博楚簡「字書」に関する情報」(福田哲之))。

■『東アジア古代出土文字資料の研究』

(工藤元男・李成市編、アジア研究機構叢書人文学篇第一巻、雄山閣、二〇〇九年三月、三六二頁、縦組和文)

二〇〇五年、早稲田大学では、学内外のアジア関連の研究者を結集し、アジア研究機構を設立した。同機構の活動の一部として、長江流域文化研究所と朝鮮文化研究所が、武漢大学簡帛研究センターなどの海外の機関と連携しつつ、出土文字資料を主たる資料として国際共同研究を進めた。本書はその研究成果をまとめた論文集である。

本書は「中国古代史篇」と「朝鮮古代史篇」とから成る。特に、中国出土資料と関係する「中国古代史篇」に収録されている論文の題目を掲げれば、次の通りである。柿沼陽平「殷周時代における宝貝文化とその「記憶」」、岡本真則「関中地区における西周王朝の服属氏族について」、楯身智志「前漢における「帝賜」の構造と変遷―二十等爵制の機能をめぐって」、水間大輔「秦・漢の亭卒について」、森和「離日と反支日よりみる「日書」の継承関係」、凡国棟(本間寛之訳)「日書「死失図」の総合的考察―漢代日書の楚秦日書からの継承と改変の視点から―」、谷口建速「長沙走馬楼呉簡にみえる穀物財政システム」。
本書には、法制資料関連、「日書」関連、西周金文や走馬楼呉簡に関するものなど、幅広い内容の論考が収められており、出土資料を扱う上で有用な情報を提供するものと考えられる。

■『中国古代国家と社会システム―長江流域出土資料の研究―』

(藤田勝久著、汲古書院、二〇〇九年九月、五五八頁、縦組和文)

本書は、長江流域出土資料を主対象とし、戦国、秦漢時代の国家と地域社会とを考察した研究書である。全十四章のうち、第三章を除き、既出の論考を改稿し掲載している(初出は巻末に詳しい)。各章題は次の通り。

序章「中国出土資料と古代社会」、第一章「中国古代の秦と巴蜀、楚」、第二章「包山楚簡と楚国の情報伝達」、第三章「戦国秦の南郡統治と地方社会」、第四章「里耶秦簡と秦代郡県の社会」、第五章「里耶秦簡の文書形態と情報処理」、第六章「里耶秦簡の文書と情報システム」、第七章「里耶秦簡の記録と実務資料」、第八章「長江流域社会と張家山漢簡」、第九章「張家山漢簡「律関令」と詔書の伝達」、第十章「張家山漢簡「律関令」と漢墓漢牘」、第十一章「秦簡時代の交通と情報伝達」、第十二章「中国古代の書信と情報伝達」、終章「中国古代の社会と情報伝達」。

序章では、出土資料の概略と研究史をふりかえり、同書の基本的な方法を提示している。第一章は、長江流域出土資料の分析が、戦国時代から秦漢王朝の地域社会モデルになることを示した概論。第二章と第三章は、楚と秦の社会システムの違いを明らかにするもの。第四章から第七章までは、これまでに公表された里耶秦簡を分析して、秦代郡県制の構造と、地方官府の情報処理、実務資料による運営、社会システムとの関係を考察したもの。第八章から第十章までは、漢代の南郡の中で張家山漢簡を位置づけたもの。歴譜や法令が中央の情報を保存する性格を持ち、遺策や書籍は地域性を反映するという想定のもと、考察がなされている。第十一章と第十二章は、交通や人々の移動に関わる問題として、里耶秦簡などの地名里程簡や、戦国・秦漢時代の書信と名謁(人に会う際に差し出す木牘)を考察したもの。そして終章は、長江流域の出土資料を中心に、漢簡を含めた資料学を展望し、中国古代国家と社会システムの特色を整理したものである。ここでは特に、中国古代社会の体系と文字資料を原型として、東アジアの木簡研究との接点の提示が試みられている。

なお、巻末には里耶秦簡の釈文が附編として収録されている。

■『概説 中国思想史』

(湯浅邦弘編著、ミネルヴァ書房、二〇一〇年十月、三八五頁、縦組和文)

中国思想史について概説した書。全二十章。第Ⅰ部では、春秋戦国時代から近現代まで中国思想を時代別に概説し、漢代や宋代など思想史上、特に重要な時代に多く頁を費やしていることはもちろんのこと、魏晋南北朝期や元代など、軽視されがちな時代にも各一章を設けている。
第Ⅱ部では「気」「道」「孝」「礼」など、中国思想を語る上で欠かせない重要なテーマが取り上げられ、詳述されている。また、「文字学」「新出土文献学」「目録学」「史学思想」「軍事思想」「民間信仰」「日本漢学」など、幅広いテーマについて各一章を設け、その所々に新出土文献の研究の成果が盛り込まれている。

特に「文字学」「新出土文献学」は、近年多くの出土資料が発見されている状況に対応し、まとめられている。福田哲之氏担当の「文字学」の章では、戦国秦漢期の多くの出土簡帛資料を用い、文字の書体の変化・相違を説明している。また、古文釈読入門という節を設けて、具体例を挙げながら古文釈読の行い方を紹介している。草野友子氏担当の「新出土文献学」の章では、出土資料の中でも、銀雀山漢簡、馬王堆帛書、睡虎地秦簡、郭店楚簡、上博楚簡など、中国思想史研究に重大な影響を与えたものを取り上げ、発見された順に概要を紹介している。

本書はこのように、二部構成となっており、中国思想史をタテとヨコから多角的に概説している点や、また新出土文献に関して力を入れて概説している点に特徴がある。

なお、各章の末尾にはそれぞれ、参考文献を【一般的・入門的文献】と【専門的文献】に分けて、その内容を簡潔に紹介している。それぞれの時代・分野の入門書や先行研究を知りたいときに有益である。

■『出土資料と漢字文化圏』

(谷中信一編、汲古書院、二〇一一年三月、三九六頁、縦組和文、横組繁体字)

谷中信一氏を代表とする「出土資料と漢字文化研究会」と国内外の研究者およびシンポジウムの研究成果をまとめた書。『楚地出土資料と中国古代文化』(郭店楚簡研究会編、汲古書院、二〇〇二年三月)の刊行以降九年間の出土資料の研究を主に対象としている。

本書には、上博楚簡『平王問鄭壽』『鄭子家喪』『君子為礼』『凡物流形』、天水放馬灘秦簡『日書』『志怪故事』、郭店楚簡『語叢四』、『老子』の「名」に関する十七篇の論文が収められている。うち十一篇は日本人研究者のもので、六篇が国外の研究者による論文である。研究者はそれぞれ異なった専門分野を研究する一方で、全員が出土資料を扱うという共通点を持っている。例えば、『凡物流形』(二〇〇八年十二月出版の『上海博物館戦国楚竹簡』第七分冊に所収)に関しては四篇の論文が収録されている。李承律氏は「思想編年」の問題について『凡物流形』を例として取り上げているのに対し、福田哲之氏は『凡物流形』の甲本乙本を比較研究することで、系譜関係を検討し、乙本と甲本は系譜上直系の親子関係にあり、甲本は乙本を底本として書写されたものであることを明らかにしている。また、谷中氏は「一」の概念について『凡物流形』における「執一」の思想から読み解き、王中江氏は「一」と「多」の対立をもとに『凡物流形』を黄老学の視点から考察している。このように、多角的な視点から、出土資料の研究成果をうかがえる点に、本書の特徴がある。

なお口絵として、上海博物館蔵戦国楚竹書、湖南大学岳麓書院蔵秦簡、長沙市簡読博物館原寸大復元展示、精華大学蔵戦国簡、北京大学蔵漢簡、上博楚簡(七)『凡物流形』甲本第一号簡・乙本同、郭店楚墓出土地点・荊門博物館蔵郭店楚簡、奈良文化財研究所蔵木簡のカラー写真が収録されている。

■『東アジア出土資料と情報伝達』

(藤田勝久・松原弘宣編、汲古書院、二〇一一年五月、三八四頁、縦組和文)

本書は、二〇〇八年に刊行された『古代東アジアの情報伝達』(汲古書院)の続編で、愛媛大学「資料学」研究会の活動から始まった共同研究の成果をまとめたものである。本書「はしがき」によれば、今回の共同研究では、特に以下の二点に重点が置かれたとされている。第一に、文書などの情報処理と、中国簡牘と日本古代木簡の接点となる記録、付札、字書・習書などの機能を明らかにすること。第二に、交通システム人々の往来による情報伝達の実態を比較すること。以上の点を踏まえて、東アジアを専門とする研究者達が共同研究を進めた成果が、本書にまとめられている。

本書は、第一部「古代中国の情報伝達」、第二部「古代日本、韓国の情報伝達」の二部構成となっている。特に、第一部に収められた中国出土資料と関連のある論文題目を挙げれば、次の通りである。

藤田勝久「中国古代の文書伝達と情報処理」、胡平生(佐々木正治訳)「里耶秦簡からみる秦朝行政文書の製作と伝達」、角谷常子「漢・魏晋時代の謁と刺」、安部総一郎「走馬楼呉簡中所見「戸品出銭」簡の基礎的考察」、邢義田(廣瀬薫雄訳)「漢代の『蒼頡篇』、『急就篇』、八体と「史書」の問題―秦漢時代の官吏はいかにして文字を学んだか―」、王子今(菅野恵美訳)「中国古代交通システムの特徴―秦漢文物資料を中心に―」、金秉駿(小宮秀陵訳)「中国古代南方地域の水運」。

これらのうち、邢氏による論文は、張家山漢簡『二年律令』中の「史律」、里耶出土の習字簡、長沙市東牌楼出土の習字簡、『英国国家図書館蔵斯坦因所獲未刊漢文簡牘』(二〇〇八年、上海辞書出版社)に収められた『蒼詰篇』の習字の削衣(杮:こけら)などの新出土資料を使って、秦漢時代の官吏がいかに文字を学んだかについて考察したものであり、文字に関する研究として注目される。

その他の論文においても、出土資料を積極的に活用し、中国古代の情報伝達システムの実態を解明しようとした点に、本書の意義があるといえる。

■『郭店楚簡老子の新研究』

(池田知久著、汲古書院、二〇一一年八月、五三九頁、縦組和文)

郭店楚簡『老子』に関する研究書。本書の第一編・第五編・第六編・第七編には、郭店楚簡『老子』に関する論文が、第二編・第三編・第四編には、郭店楚簡『老子』甲本・乙本・丙本全文の釈文・訳注が掲載されている。

郭店楚簡が出土した郭店一号墓の造営時期は、多くの副葬品の考古学的編年から、戦国中期(紀元前三〇〇年頃)とするのが一般的な見解である。またそれに伴い、郭店楚簡『老子』甲本・乙本・丙本は、すでに成書された『老子』の抄本であり、『老子』の成立年代が戦国中期もしくはそれ以前に遡るとする研究者が多数見受けられる。しかし本書では、郭店楚墓の下葬年代が戦国中期ではなく戦国末期であり、また郭店本『老子』が、すでに完成している『老子』の一部ではなく、形成途上である『老子』の、最も早い時期のテキストであるという説を唱えている。そして、各編でもこの説を補強する論を展開している。

本書は、同著者による『郭店楚簡老子研究』(東京大学中国思想文化研究室、一九九九年十一月)を基礎としてその内容を改め、さらに第五編・第六編・第七編を追加したものである。

なお、本書巻末には、附編として郭店楚簡『老子』について論じた論文集・著書が刊行年月日順にまとめられており、先行研究を調べるのに有益である。

『竹簡が語る古代中国思想─上博楚簡研究─』

『竹簡が語る古代中国思想─上博楚簡研究─』(浅野裕一編、汲古書院・汲古選書、全二六五頁、二〇〇五年四月)

上海博物館蔵戦国楚竹書(上博楚簡)の解読と研究の成果をまとめた書。全体は、「『容成氏』における禅譲と放伐(浅野裕一)」「『容成氏』における身体障害者(竹田健二)」「『従政』の竹簡連接と分節(湯浅邦弘)」「『従政』と儒家の「従政」(湯浅邦弘)」「『子羔』の内容と構成(福田哲之)」「『中弓』における説話の変容(福田哲之)」「『魯邦大旱』における「名」(浅野裕一)」「『魯邦大旱』の刑徳論(浅野裕一)」「『恆先』の道家的特色(浅野裕一)」「『恆先』における気の思想」の10章からなる。日本では、上博楚簡を対象とした初の論文集である。

『特集号 戦国楚簡と中国思想史研究』(『中国研究集刊』第36号)

(大阪大学中国学会、二〇〇四年一二月)

2004年3月に大阪大学で開催された国際シンポジウム「戦国楚簡と中国思想史研究」の成果をまとめた特集。日本語・中国語あわせて論考17本、附録2点などによって構成されている。内容は、郭店楚簡・上博楚簡を中心とする論考、パネルディスカッションの記録、シンポジウムのプログラム、上博楚簡の形制一覧表、戦国楚簡研究関係HP紹介などからなる。主な執筆者は、陳鼓應、郭梨華、林啓屏、林素英、顧史考、袁國華、佐藤將之、浅野裕一、湯浅邦弘、福田哲之、竹田健二、李承律など。

『諸子百家〈再発見〉─掘り起こされる古代中国思想─』

『諸子百家〈再発見〉─掘り起こされる古代中国思想─』(浅野裕一・湯浅邦弘編、岩波書店、全二五四頁、二〇〇四年八月)

近年相次いで発見される出土資料をてがかりに、孔子・老子などの諸子百家の思想を〈再発見〉しようとする書。画期的な新出土資料発見の経緯を述べながら、これらの資料の解読によって明らかになってきた、古代の文字と書物、人間の本性についての新説、孔子と『易』の関係など、その成果をわかりやすく紹介する。全体は、「諸子百家と新出土資料」「諸子百家の時代の文字と書物」「天と人との距離」「人間の本性は善か悪か」「孔子の教えは政治の役に立つか」「老子と道家」「孔子は『易』を学んだか」の7章からなる。

『新出土資料と中国思想史』

(大阪大学中国学会『中国研究集刊』別冊特集号、二〇〇三年六月)

「戦国楚簡研究会」のメンバーが、郭店楚簡および上博楚簡公開分(二〇〇四年二月現在)全資料について解説した特集。全資料について解説した特集。各文献について、①書誌情報、②内容と研究概説、③主要釈文・注釈・研究を記す。戦国楚簡全資料について和文で詳しく紹介した初の学術雑誌特集である。また、「郭店楚簡・上博楚簡の字体と形制」「郭店楚簡形制一覧」「上博楚簡形制一覧」「書誌情報用語解説」「新出土資料関係文献提要」など、基礎的で重要な情報を掲載し、新出土資料を学ぶための入門書の役割も果たしている。

なお、『中国研究集刊』(年二回刊)には、引き続き「新出土資料関係文献提要」が連載されており、関係資料の最新情報を知ることができる。

『文字の発見が歴史をゆるがす 20世紀中国出土文字資料の証言』

『文字の発見が歴史をゆるがす 20世紀中国出土文字資料の証言』(福田哲之著、二玄社、二〇〇三年三月)

主に二十世紀に発見された出土文字資料について解説した書。甲骨文に始まり、西周金文、侯馬盟書、郭店楚簡、上海博物館蔵戦国楚竹書、睡虎地秦墓竹簡、馬王堆漢墓帛書、銀雀山漢墓竹簡、走馬楼三国呉簡、楼蘭出土文書、吐魯番出土文書まで、それぞれに豊富な図版を使いながら解説を加えている。戦国楚簡については、「修正を迫られる儒教史の通説 郭店楚簡・上海博物館蔵戦国楚竹書」の章で専論される。

出土文字資料全般を視野に収めた初の和書であり、各資料の概要や文字学上・思想史研究上の意義を一般読者にも理解しうるよう平易に説いている。また、章ごとに設けられたコラム欄では、「上海博物館蔵戦国楚竹書の信憑性」「走馬楼三国呉簡はなぜ井戸に埋蔵されたのか」などとして、出土資料発見の裏話が紹介されるなど、構成にも工夫が見られる。

『郭店楚簡儒教研究』

(池田知久編、汲古書院、二〇〇三年二月)

郭店楚簡の内、儒家系文献に対する訳注と論考とをまとめた書。「訳注編」「論文編」の二部よりなり、さらに「郭店楚墓竹簡関係論著目録」を附す。訳注編は、「緇衣」「魯穆公問子思」「五行」「唐虞之道」「忠信之道」「成之聞之」の六編の訳注を、論文編は郭店楚簡の儒家系文献各々に対する専論七編を収載している。これらは、雑誌『郭店楚簡の思想史的研究』第一~五巻に発表された儒家系文献に関する訳注や論文、および『郭店楚簡の研究』一に発表された「忠信之道」訳注を再録したものであるが、各々若干の改訂が施されている。

なお、編者による「序文」一~三は、郭店楚簡に関する紹介となっており、和文によるまとまった紹介としては本邦初のものである。そのうち、「四、『郭店楚簡』を読むための工具書」は、楚系文字を読むための工具書の紹介・解説となっている。

『楚地出土資料と中国文化』

(郭店楚簡研究会編、汲古書院、二〇〇二年三月)

主として郭店楚簡に関する論文をまとめた書。十七名(日本人九名、中国人五名、韓国人二名、アメリカ人一名)の研究者による十七本の論文が収録されている。日本における郭店楚簡関係の論文をまとめて収録した書としては初期のものである。

前掲の『郭店楚簡儒教研究』が郭店楚簡の儒家系文献に対する論文を収めているのに対し、本書はさらに、『老子』『太一性水』等の道家系文献に関するもの、また、馬王堆漢墓、包山楚簡、尹湾漢墓簡牘等、「楚地」から出土した資料に関する論文をも幅広く収めている。

『郭店楚簡の思想史的研究』

(東京大学郭店楚簡研究会編、東京大学中国思想文化学研究室、
 第一巻、一九九九年十一月。第二巻、一九九九年十二月。
 第三巻「古典学の再構築」東京大学郭店楚簡研究会編、二〇〇〇年一月。
 第四巻、二〇〇〇年六月。第五巻、二〇〇一年二月。第六巻、二〇〇三年二月)

郭店楚簡各篇の訳注を収載した書。第一巻に「魯穆公問子思」「五行」「唐虞之道」、第二巻に「性自命出」「成之聞之」、第三巻に「緇衣(上)」、第四巻に「緇衣(下)」を収めている。また、訳注以外にも、関係論文、上博楚簡に関する情報(第二巻)、郭店楚簡に関係する文献目録(第三・四巻)等を掲載している。第五巻、第六巻は、論文集である。

 訳注の底本には、『郭店楚墓竹簡』(荊州市博物館編、文物出版社、一九九八年)を使用し、詳細な注釈を付記する点に特徴がある。

なお、郭店一号墓の造営時期については、多くの副葬品の考古学的編年から、戦国中期(紀元前三百年頃)とするのが一般的な見解であるが、本書の論文編は、郭店楚簡各篇の成立時期が戦国末期であることを前提としたもの、および戦国末期説を補強する論文が多く載せられている。

『郭店楚簡老子研究』

(池田知久著、東京大学文学部中国思想文化学研究室、一九九九年十一月)

郭店楚簡の三種の『老子』写本(甲本・乙本・丙本)に対する釈文および注釈、並びに論文および郭店楚簡関係論著目録からなる書。

初めに、「前書き」として郭店楚簡全般について概論を述べ、特に郭店楚簡『窮達以時』の成書年代について、戦国後期、紀元前二七八年前後もしくはそれ以降とする見解を示す。次いで郭店楚簡関係論著の目録を、論文集、著書、論文、新聞記事・会報、学会発表に分類して掲載する。

本編の内、第一編は『老子』に関する論文であり、著者は郭店楚簡『老子』を、すでに成書されていた『老子』五千言の一部分ではなく、なお形成途上にある『老子』最古のテキストと結論付けている。続く第二編からは、郭店楚簡『老子』甲本・乙本・丙本の釈文および注釈である。今本『老子』の章立てに従って分章し、さらに竹簡によって分段した釈文を載せ、それを訓読して注解する。巻末には付録として、郭店楚簡『老子』の全文を載せる。

『郭店楚簡の研究』

(大東文化大学郭店楚簡研究班編、大東文化大学大学院事務室、
 第一巻、一九九九年八月。第二巻、二〇〇〇年九月。第三巻、二〇〇一年三月)

郭店楚簡各篇の訳注(第一巻「太一生水」「窮達以時」、第二巻「魯穆公問子思」「忠信之道」)、関係論文(第一・三巻)、関係文献目録(第一・二巻)等を収めた書。大学院ゼミの成果をまとめたものである。訳注の底本には『郭店楚墓竹簡』(荊州市博物館編、文物出版社、一九九八年)を用いている。論文は、書道史と思想史を中心としている。

『中国出土資料研究』

(中国出土資料研究会、一九九七年三月~)

中国出土資料学会の機関雑誌。「論文」「訳注」の他、「書評」「論著目録」「研究動向」などからなる。年一回刊。本学会は、一九九五年四月に設立された中国出土資料研究会を前進とする全国学会で、出土資料に関わる多様な分野の研究者が集うことにより、従来の枠組を越えた学際的な研究を進めることを目的としている。年数回の例会を開催し、会報および本誌を刊行している。

郭店楚簡に関しては第三号に小特集があり、また、第六号のシンポジウム「出土資料学への研究」に関する報告において、楚簡を中心とした特集が組まれている。

◆中国語文献

『郭店楚墓竹簡』

(荊州市博物館編、文物出版社、一九九八年五月)

郭店楚簡の写真、および翻刻と注釈を収めた書。郭店楚簡研究の底本となる資料。本書には、郭店楚簡の有字簡の全て(七三〇枚)が次のように収録されている。

「老子(甲・乙・丙)」「太一生水」「緇衣」「魯穆公問子思」「窮達以時」「五行」「唐虞之道」「忠信之道」「成之聞之」「尊徳義」「性自命出」「六徳」「語叢(一・二・三・四)」。

本書の構成は、「図版(写真版)」と「釈文 注釈」とに分かれる。釈文は( )等の記号を使用し、各々の釈文を行なっている。また、釈文の後に若干の注釈を附している。
また、初期段階での釈文であるため、注釈はやや簡略で、未釈・待考として保留されている部分もあり、それらについては後続の注釈書・研究書によってかなりの補訂がなされている。

『上海博物館蔵 戦国楚竹書』

(馬承源主編、上海古籍出版社、二〇〇一年十一月~)

上博楚簡の図版(写真版)と釈文とを収載した書。上博楚簡研究の底本となる資料。上博楚簡の有字簡全一二〇〇余枚、三五〇〇〇余字を収録予定。「図版」と「釈文考釈」との二部からなる。二〇〇四年二月現在、第二巻まで発行されており、その内容は以下の通り。第一巻、「孔子詩論」「緇衣」「性情論」。第二巻、「民之父母」「子羔」「魯邦大旱」「従政(甲篇・乙篇)」「昔者君老」「容成氏」。

「図版」(写真版)はカラー写真を用い、各篇ごとに竹簡全体の写真を用いて配列したパートと、原寸を三・六五倍に拡大した写真をページごとに一簡づつ掲載したパートとの二部よりなる。サイズの異なる写真が二種類掲載されていることによって、当該簡の全体像と各々の文字の形体との両方を確認することが可能となっている。

また、「釈文考釈」では、まず「説明」として当該篇の簡単な解説を附した後、簡ごとにモノクロ写真を載せ、当該部の釈文を附す。さらに、当該簡の釈文を数句に分けて一句ごとに提示し、それに対してかなり詳細な注釈を附している。

『郭店楚簡研究』第一巻文字編

(張光裕主編、袁国華合編、陳志堅・洪娟・余拱璧助編、芸文印書館、一九九九年一月)

『郭店楚墓竹簡』(荊州市博物館編、文物出版社)を底本とし、郭店楚簡文字の釈読をまとめた字書。主に、
 1)「文字編(正文・合文・待考文)」
 2)「索引(部首・画数・合文)」
 3)「原簡与釈文対照図版(含残簡)」4)「釈文」からなる。

1)「文字編」は、郭店楚簡に見える文字を『康煕字典』に従い配列したもの。各文字には本書における統一番号(正字一~一三四四、合文一~二二、待考字はなし)を付し、a楷書体、b小篆(基本的に『説文解字』と合致するもの)、c原簡字写真(「原簡与釈文対照図版」と対応した簡号を付す)、d例句を載せる。dでは、読み替えた文字を( )で、欠文を補った文字を【 】で表示する。
 
3)「原簡与釈文対照図版(含残簡)」は、原簡写真の横に手書き釈文を加えたもの。4)「釈文」は、3)の手書き釈文を活字にしたもので、読本として活用できる。

本書は「文字編」でありながら楚簡内容が同時に参照でき、逐字索引として使えば該当文字を含む全竹簡番号が一目で分かる。また、3)の手書き釈文は『郭店楚墓竹簡』の釈文と一部異なるため、本書は対校本としての特色も持つ。しかし、釈文に注釈がないため、釈読の根拠はわからない。

本書と張守中氏『郭店楚簡文字編』の相違として挙げられるのは、張守中氏が類似字形を一項にまとめているのに対し、本書は類似字形も全て載せている点、張守中氏と比べて釈読に積極的な点である(断定を避けた文字数は、張守中氏が五三字、本書は十二字)。
なお、本書の主編者である張光裕氏と香港中文大学図書館による「郭店楚簡資料庫(http://bamboo.lib.cuhk.edu.hk/)」がインターネット上で公開されており、郭店楚簡の釈文が検索できる。また、本書の緒言によれば第二巻は『疏証』、第三巻は『研究』が予定されている。

『郭店楚簡文字編』

(張守中・張小滄・郝建文撰集、文物出版社、二〇〇〇年五月)

『郭店楚墓竹簡』(荊州市博物館編、文物出版社)を底本とし、竹簡文字の釈読と用例をまとめた字書。巻末の検字表(画数索引)によって文字検索ができる。本書は「単字」「合文」「存疑字」「残字(認定が難しいもの)」の四部構成。収録字数は、「単字」一二二六字(重文二四一一字)、「合文」二一例(重文十一例)、「存疑字」五三字(重文十一字)、「残字」七字。文字配列は『説文解字』によるが、『説文』所収文字の場合、その見出し字として『説文』の小篆を挙げ、下に楷書文字を付す。(『説文』にないものは見出し字として楷体隷字を挙げる。)その下には楚簡で使用されている文字の写真を複数並べており、同字内での字形比較もできる。各楚簡文字の下には篇名と簡号、用例数を付す(例えば「老甲二二」は「老子」甲本第二二簡、「緇五 九例」は、「緇衣」第五簡 用例数が計九ということ)。
本書のように郭店楚簡の文字を分類・配列した字書は、古文字、特に戦国の楚文字資料を研究する上で実用性が高く、同時に現在公開が進められている上海博物館蔵戦国楚竹書の研究にとっても有益である。同社出版の関連書としては、『包山楚簡文字編』『睡虎地秦簡文字編』などがある。

『楚文字編』

(李守奎編著、華東師範大学出版社、二〇〇〇年十二月)

中国の古文字の内、楚系文字の全容について、近年公開された新出土文字資料をも加えて用例を掲げた総合的な字書。配列は『説文解字』(大徐本)に従い、各文字について該当する楚国の古文字の用例を列挙する。その配列は、所載材料の形態(銅器、貨幣、簡牘、帛書、璽印)順とし、同一形態の資料の中では時代の古い順に掲載する。たとえば、「天」字では、銅器記載文字の用例を掲げた後、簡牘文字について、「郭・老甲・19」(郭店楚簡『老子』甲本第十九簡の意)とか「郭・太9」(郭店楚簡『太一生水』第九簡の意)など出拠を明示しながら用例を掲げる。

この他、合文と未釈字は巻末にまとめて掲げ、さらに、画数順索引、四角号碼検字表、主要参考文献を付す。残念ながら上海博物館蔵戦国楚竹書については未収録となっているが、楚系文字のほぼ全体を概観できる貴重な資料である。

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