◆地図


◆年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 前770 | 周の平王、洛邑に遷都(東周、春秋時代の開始)。 |
| 前722 | 『春秋』の記事開始(魯の隠公元年)。 |
| 前480 | 魯の大干魃(哀公15年)→『魯邦大旱』 |
| 前479 | 孔子没。 |
| 前453 | 晋の有力貴族韓魏趙の三氏が実権を掌握。 |
| 前431頃 | 孔子の孫の子思没。→『魯穆公問子思』 |
| 前403 | 韓魏趙、諸侯として承認される(戦国時代開始、前453開始説もあり)。 |
| 前373 | 上博楚簡のC14測定値の上限 |
| 前319頃 | 孟子、魏の恵王と会見。 |
| 前317頃 | 孟子、斉の宣王と会見。客卿となる。 |
| 前308 | 上博楚簡のC14測定値(±65年)→上博楚簡 |
| 前305頃 | 孟子、遊説活動を引退して鄒に帰国。著述に専念。 |
| 前300頃 | 郭店一号楚墓造営(考古学的編年による通説)。 |
| 前278 | 秦の将軍白起、楚の都郢(紀南城)を攻略。 楚は陳に遷都(郢における楚墓造営の下限)。 |
| 前255頃 | 荀子、楚の蘭陵令となる。 |
| 前249 | 呂不韋、秦の宰相となる。 |
| 前246 | 秦王政(後の始皇帝)即位。 |
| 前221 | 秦始皇帝、天下統一。 |
| 前213 | 挟書律制定。焚書を行う。 |
| 前212 | 坑儒を行う。 |
| 前209 | 陳勝呉広の乱。 |
| 前206 | 漢の高祖劉邦、秦を滅ぼす。 |
| 前168 | 長沙馬王堆漢墓造営(前漢文帝の前元12年)。 |
| 1972 |
銀雀山漢墓竹簡発見 |
| 1973 | 馬王堆漢墓帛書発見。 |
| 1974 | 秦兵馬俑坑発見。 |
| 1975 | 睡虎地秦墓竹簡発見 |
| 1993 | 郭店楚墓発見。 |
| 1994 | 上海博物館、楚簡を購得。 |
| 1998 | 『郭店楚墓竹簡』刊行。戦国楚簡研究会発足。 |
| 2001 | 『上海博物館蔵戦国楚竹書』第一分冊刊行。 |
| 2002 | 『上海博物館蔵戦国楚竹書』第二分冊刊行。 |
| 2003 | 『上海博物館蔵戦国楚竹書』第三分冊刊行。 |
| 2004 | 『上海博物館蔵戦国楚竹書』第四分冊刊行。 |
| 2006 | 『上海博物館蔵戦国楚竹書』第五分冊刊行。 |
| 2007 | 『上海博物館蔵戦国楚竹書』第六分冊刊行。 湖南大学岳麓書院が「岳麓書院秦簡」を入手。 |
| 2008 | 『上海博物館蔵戦国楚竹書』第七分冊刊行。 清華大学が「清華大学竹簡」を入手。 |
| 2009 | 北京大学が「北京大学竹簡」を入手。 |
| 2010 | 『銀雀山漢墓竹簡(貳)』刊行。 『清華大学蔵戦国竹簡(壹)』刊行。 『岳麓書院蔵秦簡(壹)』刊行。 |
| 2011 | 『上海博物館蔵戦国楚竹書』第八分冊刊行。 戦国楚簡研究会、中国出土文献研究会と改称。 『清華大学蔵戦国竹簡(貳)』刊行。 『岳麓書院蔵秦簡(貳)』刊行。 |
| 2012 | 『上海博物館蔵戦国楚竹書』第九分冊刊行。 『清華大学蔵戦国竹簡(参)』刊行。 『北京大学蔵西漢竹書(貳)』刊行。 |
| 2013 | 『岳麓書院蔵秦簡(参)』刊行。 『清華大学蔵戦国竹簡(肆)』刊行。 |
| 2014年12月 | 『北京大学蔵西漢竹書(伍)』刊行。 |
| 2015年 | 安徽大学が「安徽大学蔵戦国竹簡」を入手。 『清華大学蔵戦国竹簡(伍)』刊行。 『北京大学蔵西漢竹書(壹)』『北京大学蔵西漢竹書(叁)』『北京大学蔵西漢竹書(肆)』刊行。 『岳麓書院蔵秦簡(肆)』刊行。 |
| 2016年 | 『清華大学蔵戦国竹簡(陸)』刊行。 |
| 2017年 | 『清華大学蔵戦国竹簡(柒)』刊行。 『岳麓書院蔵秦簡(伍)』刊行。 |
中国出土文献研究会