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岳麓書院蔵秦簡

岳麓書院蔵秦簡(岳麓秦簡)

【岳麓書院蔵秦簡の入手経路】

2007年12月、湖南大学岳麓書院は、香港の骨董市場に流出していた秦簡を緊急保存する目的で購入した(注1)。竹簡は、香港から岳麓書院まで、サランラップにくるまれ、大小8つの箱に分割されて運ばれた。これらの竹簡の総数は2100枚であり、中でも比較的整っている簡(完整簡)は1300枚余りであった。この他、2008年8月には、香港の収蔵家が全76枚の竹簡(完整簡は30枚余り)を無償で岳麓書院に寄贈した。そのため、岳麓書院蔵秦簡(略して、岳麓秦簡と称する)は、総計2176枚となった。(注2)

(注1)秦簡の出土地は不明。
(注2)岳麓書院が購入した竹簡と、収蔵家が寄贈した竹簡は、形制や書体・内容などが非常に類似しており、同一の出土簡であろうと考えられている。

【釈文や図版の出版状況、および先行研究の発表状況】

図版・釈文

  • 朱漢民・陳松長主編『岳麓書院蔵秦簡〔壹〕』(上海辞書出版社、2010年12月)

    →岳麓書院蔵秦簡のうち、『質日』『為吏治官及黔首』『占夢書』の3文献に関する図版(カラー・赤外線図版)と釈文とを掲載した書。

報告

  • 陳松長「岳麓書院所蔵秦簡綜述」(『文物』、2009年第3期)
    →岳麓書院蔵秦簡に関する第一報。入手状況や各篇の概説を記す。

【岳麓書院蔵秦簡の形制・内容について】

※岳麓書院蔵秦簡の大部分は竹簡であるが、三十数枚の木簡も含まれている。

竹簡の年代と墓主について

岳麓書院蔵秦簡中の『質日』(暦譜)に、「秦始皇二十七年」、「三十四年」、「三十五年」という記述が見える。そのため、岳麓秦簡に含まれるその他の文献に関しても、成書年代の下限は、「始皇帝三十五(前212)年」付近であろうと考えられている。
また、雲夢睡虎地秦簡と類似した秦の律令や役人のための手引き書が含まれていることから、岳麓秦簡の墓主についても、治獄にたずさわった人物であった可能性が考えられる。

竹簡の形制

  • 簡長は3種の長さに分けられる。
    (1)30センチ前後のもの (2)27センチ前後のもの (3)25センチ前後のもの
  • 簡幅は、5~8ミリ。
  • 編綫(編線)は、三道編綫と両道編綫の2種が見られる。
  • 竹簡には、多くの編綫の残痕が見え、この編綫痕と文字との関係から、筆写状況には次の2通りがあったと考えられている。
    (1)筆写した後に綴じられた (2)綴じられてから筆写された
  • 篇題について
    竹簡の文字は、竹黄面に記述されているが、いくつかの竹簡の背面には「七年質日」や「為吏治官及黔首」「數」などの文字が記されており、篇題を有していたことが指摘されている。

岳麓書院蔵秦簡に含まれる文献名

  1. 『質日』
  2. 『為吏治官及黔首』
  3. 『占夢書』
  4. 『数』書
  5. 『奏讞書』
  6. 『秦律雑抄』
  7. 『秦令雑抄』

※このうち、『質日』『為吏治官及黔首』『数』書には、竹簡の背面に篇題がある。その他の四種については、整理小組により仮称がつけられた。

『嶽麓書院蔵秦簡〔壹〕』に所収の文献内容

  1. 『質日』……計160簡
    整理者は于振波氏。
    大部分の竹簡は比較的保存状態が良いが、中には欠損している竹簡もある。ただ、欠損の見られる竹簡に関しても、上部に附された干支の文字ははっきり残っているため、全ての竹簡の配列はこの干支の順序により、復原することができた。『質日』は、大きく以下の2種に類別できる。
    1.簡長27センチ、幅約6ミリ、記述された干支と内容が全て「秦始皇二十七」もしくは「三十四年」のもの
    2.簡長約30センチ、幅5ミリ、内容が「秦始皇三十五年」のもの。
  2. 『為吏治官及黔首』……計80余簡
    整理者は許道勝氏。
    簡長は約30センチ。三道編綫。残存する編綫の状況が、多く文字に重なっていることから、明らかに竹簡が書写された後に、編聯された文献と考えられる。
    内容の大部分は、3~4段に分割して記述される。内容・記述形式ともに睡虎地秦簡の『為吏之道』とほぼ同様の文献(秦代の役人のための教材)であると指摘されている。
    ※本篇には、分段されていない竹簡が3枚含まれるが、これらは書写内容から判断して、役人教材の主旨を概述したものと思われる。
  3. 『占夢書』……計約48簡
    整理者は陳松長氏。
    簡長は約30センチ。三道編綫。筆写方法には、次の2通りが見られる。
    1.分段せずに筆写されたもの。計6簡。内容は陰陽五行学説による占夢学説を説くもの。
    2.2段に分けて記述されたもの。夢象と占語とを記す。
    ※これらの内容・形式は睡虎地秦簡『日書』夢の記述と完全には一致しない。
    ※岳麓秦簡『占夢書』は、現時点において、最古の占夢書であると指摘される。

『岳麓書院蔵秦簡〔壹〕』の内訳

【一冊目】

  • 前言・凡例・カラー図版・赤外線図版・附録から構成される。
  • カラー図版は原寸大で、全ての画像の横にそれぞれの釈文を記す。
  • 赤外線図版も原寸大であるが、裏表の両面の画像が掲載されている。カラー図版同様、全ての竹簡画像の横に釈文が記載される。また、赤外線図版には、それと同時に一定の まとまりごとに、注釈も合わせて記されている。
    ※カラー図版・赤外線図版ともに、竹簡の上部には、購入後すぐにつけられた整理番号が示され、また竹簡下部には、その後編集作業を経て、配列し直された通読番号が示されている。
  • 附録には、「釈文連読本」「検測報告」「竹簡掲取時的原始照片及簡序示意図」が見える。
    「釈文連読本」……文献全体の釈文。(釈文のみを連続して記す。)
    「検測報告」……新しい竹簡と荊州漢代竹簡、走馬楼漢代竹簡、岳麓秦簡を科学的に比較して、年代などの根拠付けを行っている。
    「竹簡掲取時的原始照片及簡序示意図」……整理前の竹簡状況の写真、竹簡配列説明図からなる。

【二冊目】

  • 赤外線拡大図版。(実物の1.5倍)
    ・画像の横に釈文を付す。

【『嶽麓書院蔵秦簡〔貳〕』について】 (朱漢民・陳松長主編『岳麓書院蔵秦簡〔貳〕』(上海辞書出版社、2011年12月))

原釈文者は蕭燦氏。カラー図版、および赤外線図版の整理については、黄沅玲氏を中心に作業が進められたという。

『岳麓書院蔵秦簡〔貳〕』に所収の文献内容(「前言」に依る)

4.『数』……計236簡(その他、18枚の残簡がある。)
完簡の長さは約27.5㎝、幅約0.5~0.6㎝。三道編綫。『数』には、「租税類算題」「面積類算題」「営軍之術」「合分与余分」「衡制」「穀物換算類算題」「衰分類算題」「少広類算題」「体積類算題」「贏不足類算題」「句股算題」などの算題や数学的専門知識が記述されている。
成立年代の下限は、秦の始皇帝35(紀元前212)年と指摘されており、『数』の算題の中には、特有のものもあれば、張家山漢簡『算数書』や『九章算術』に見える算題も含まれているという。(「前言」によれば、『数』の算題は、『九章算術』の「方田」「粟米」「衰分」「少広」「商功」「均輸」「盈不足」「句股」の8章の内容にわたるが、「方程」に関する算題は見られないという。)
『数』の発見は、中国古代の数学を理解する一助となるばかりでなく、特に秦代に用いられた実用的算術法に関する貴重な情報を提供するものと期待される。また、中国古代の研究(特に秦代の政治、経済、法律、軍事などに関する研究)を進める上で、その他の文献の欠を補う重要な資料であると考えられる。
※上記の資料番号「4.」は、『岳麓書院蔵秦簡〔壹〕』からの連番である。

『岳麓書院蔵秦簡〔貳〕』の内訳

【一冊目】
  • 前言・凡例・カラー図版・赤外線図版・附録から構成される(※「『岳麓書院蔵秦簡〔壹〕』の内訳」参照)。
  • 附録には、「釈文連読本」「『数』簡的表徴測量示意図及説明」「各枚簡的表徴測量数拠及字数記録表」「『数』簡掲取前的簡序位置図」が見える。
    「釈文連読本」……文献全体の釈文。(釈文のみを連続して記す。)
    「『数』簡的表徴測量示意図及説明」……本書で使用されている記号が、実際には竹簡のどの部分に当たるか、また何の略号であるか等を図解し説明している。たとえば、「a=上端から第一契口までの距離」など。
    「各枚簡的表徴測量数拠及字数記録表」……竹簡の形制一覧(各簡ごとにその簡長や字数などを記載)。
    「『数』簡掲取前的簡序位置図」……どの位置に『数』の竹簡が含まれていたか、『数』の整理前の竹簡の散乱状況が図解されている。
【二冊目】

(※「『岳麓書院蔵秦簡〔壹〕』の内訳」に同じ)

 

【『嶽麓書院蔵秦簡〔参〕』について】(朱漢民・陳松長主編『岳麓書院蔵秦簡〔参〕』(上海辞書出版社、2013年6月))

整理者は陶安氏。本書には、主に秦王政(始皇帝)時代の司法文書が収められている。全252簡(綴合後の竹簡も含む)。

『岳麓書院蔵秦簡〔参〕』に所収の文献内容

  1. 癸・瑣相移謀購案
  2. 尸等捕盗疑購案
  3. 猩・敞知盗分贓案
  4. 芮盗売公列地案
  5. 多小未能与謀案
  6. 曁過誤失坐官案
  7. 識劫★(女+ウ冠+兔)案
  8. ★(言+堯)・★(女+云)刑殺人等案
  9. 同・顕盗殺人案
  10. ★(魏+山)盗殺安・宜等案
  11. 得之強与棄妻奸案
  12. 田与市和奸案
  13. 善等去作所案
  14. 学為偽書案
  15. 綰等畏耎還走案
  16. 待考残簡

 

『嶽麓書院蔵秦簡〔肆〕』について】(陳松長主編『岳麓書院蔵秦簡〔肆〕』、上海辞書出版社、2015年12月)

秦律、秦令などの法律関連の内容を記した325枚の秦簡が収められている。この種の竹簡は1200枚余りあり、本巻にはその一部を収め、「秦律令(壱)」と名付けられている。

 

【『嶽麓書院蔵秦簡〔伍〕』について】(陳松長主編『岳麓書院蔵秦簡〔伍〕』、上海辞書出版社、2017年12月)

秦代の法律類の竹簡337枚を収録。内容は秦令を中心とし、一部秦律の内容も見られる。本巻は「秦律令(弐)」と名付けられている。

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