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北京大学竹簡

(1)北京大学蔵秦簡

北京大学蔵秦簡については、まだ図版は断片的にしか公開されておらず、釈文に関しても1篇を通して全体が公表されている文献はない。そのため、先行研究は、ほとんど見られない。

以下の内容は、北京大学出土文献研究所が、2010年10月22日に公表した「北京大学出土文献研究所工作簡報」(総第3期)によって作成した。

【北京大学蔵秦簡の入手経路】

2010年1月、香港の馮燊均(ひょうしんきん)国学基金会の出資によって買い戻された秦代の簡牘が北京大学に寄贈された(注1)。北京大学出土文献研究所は直ちにこの簡牘の洗浄・保護・写真撮影・整理作業に取り組んだ。

北京大学に収蔵された時点では、多くの簡冊が出土時の状態(巻かれた状態)を保っていた(注2)。竹簡の総数は763枚(そのうち、約300枚は正面・背面の両面に文字が見られた)。他に木簡21枚、木牘6枚、竹牘4枚、不規則な形状の木觚(もくこ)1枚、文字の記されている木骰(もくさい)1枚も発見されている(注3)。

  • (注1)秦簡の出土地・出土時期は不明。ただし、北大秦簡に所収の文献「交通里程書」の地名などから、本簡牘が今の湖北省孝感地区、あるいは荊州地区から出土した可能性が指摘されている。
  • (注2)簡牘の保存状況は良好ではなく、変色や断裂が生じている簡も見られた。
  • (注3)簡牘中には、竹笥の残片、二組の長さの異なる竹製の算籌(数を計算するのに用いる細長い竹の棒)、および算籌を納める竹製の筒などが混ざっていた。このため、簡牘はもともと竹笥の中に入れられていたと推測されている。

【北京大学蔵秦簡の形制・内容について】

竹簡の年代と墓主について

北京大学蔵秦簡中の『質日』(暦譜)に、「秦始皇三十一年(紀元前216)」、「三十三年(紀元前214)」の記述が見える。そのため、北大秦簡が書写された年代の下限は、秦始皇の後期と推定されている。

ただし、簡牘中には「黔首」(けんしゅ)など秦の統一後一般に広く用いられた語が見られない。また、「政」や「正」などの字が多く見られ、秦始皇の諱を避けようとする意識も窺えない(こうした現象が、一部の簡牘の書写された年代が比較的早いことを反映するものであるかどうかは、さらに研究を進め検討する必要がある)。

墓主の身分については、竹簡中の『為吏之道』と類似する文献から判断して、地方の官吏であっただろうと推定されている。ただ、簡牘から法律や行政文書は発見されておらず、経済面に関する『算数書』が大量に含まれていたことから、墓主は刑獄司法を管理する「文法の吏」ではなく、主に土地の賦税を管理する役人であった可能性が指摘される。

形制について

○竹簡の形制

  • 簡長は四種の長さに分けられる。
     (1)33.5センチ~37センチ
     (2)30センチ前後
     (3)27センチ前後
     (4)23センチ前後
  • 簡幅は、5~9ミリ。
  • 編綫(編線)(注4)は、三道。各道は、正面が2本、背面が1本の編み方で編まれて おり、これは漢代の織物・刺繍品の編み方と類似している。

○木簡の形制

  • 簡長は23センチ前後、・簡幅は、8~12ミリ。
  • 編綫(編線)(注4)は、両道。

○竹牘・木牘の形制

  • それぞれ、34センチのものが1枚ある他は、多くのものが23センチ前後である。
  • 牘幅は、1.7センチ~7センチ。

    (注4)多くの簡に、編縄を固定するための契口があり、編縄が残留していた。

◆書体について……秦隷(睡虎地秦簡・里耶秦簡・岳麓書院蔵秦簡などと類似する。)

◆両面に書写された竹簡について
北京大学出土文献研究所は、整理の過程で竹簡を10巻に分類した。その中の「巻 四」の簡冊(竹簡301枚)には、その正面(竹黄面)と背面(竹青面)の両面に、性質の異なる多数の古文献が書写されていた。

◆篇題について
少数の竹簡には、背面に篇題が記されていた。

北京大学蔵秦簡に含まれる文献名と簡長・簡数、分巻一覧表

巻 号  簡 長㎝  枚 数      内 容
 〇 27.4 72  質日(秦始皇三十一年)
 一 23 23  文学・公子従軍
 二 37 55  日書
 三 23 82  算術書
 四 23 301  雑抄:里程書・日書・医方・製衣書・算術書など
 五 30 60  質日(秦始皇三十三年)
 六 27.2 4  祠祝書
 七 23.9 24  算術書
 八 27.7 48  田書
 九 27.7 61  為吏之道・善女子之方

※この表は、2010年10月24日に北京大学で行われた「北京大学蔵秦簡簡牘状況通報曁座談会」でのスライドを、島根大学の竹田健二教授がまとめたものによる。

北京大学蔵秦簡に所収の主な7種の文献内容について

  1. 質日
    • 篇題は整理者が付けた仮題。
      (※張家山漢簡や岳麓秦簡の中に、類似した暦表が含まれており、それらが皆「質日」という篇題を有していたことから)
      (※また、巻五の中に含まれていた1枚の竹簡の背面に、「日」の字が記されていたから。この「日」字の上部は欠損しており見られず、下部には文字が記されていなかった。)
    • 竹簡は、巻〇と巻五に分類。
    • 上下、縦に6つの段に分けられており(そこには干支が記される)、右から左へ横に読 む形式となっている。
  2. 『為吏之道』
    • 篇題は整理者が付けた仮題。
      (※睡虎地秦簡『為吏之道』および岳麓秦簡『為吏治官及黔首』と類似する文献。)
    • 巻九の一部に分類。
    • 竹簡の多くは、縦に4つ設けられた欄に記されており、その内容は睡虎地秦簡『為吏之道』と近い(ただし、一部の字句や、語句の配列については、やや異なるところがある)。
    • 【睡虎地秦簡『為吏之道』との比較】
      ※北大秦簡は、その冒頭部分に、睡虎地秦簡にはある「凡為吏之道」の5文字がない。
      ※北大秦簡は、「吏有五善」「吏有五失」といった見出し語ともいうべき語句がない。
      ※岳麓秦簡で「黔首」となっている部分が、北大秦簡と睡虎地秦簡ではいずれも「民」「士」になっている。
    • 【岳麓秦簡『為吏治官及黔首』との比較】
      ※文章の一致する部分があるものの、字句についての違いが比較的大きい。
       

      こうした違いが文献の成立年代の先後を反映しているかどうかは、今後検討していかね ばならぬ課題。
    • 最後の7簡には欄が設けられておらず、連続して書写される。その内容は「賢者」に関するもの。
       

      その中には、『詩経』中の語句の引用があり、『詩』や『書』を禁止する秦代の政策と 符号しておらず、大いに注目を集めている。
      ※『為吏之道』と同巻には、女性に対して社会と家庭における道徳的な行動の規範を説く「善女子之方」が記されている。
  3. 交通里程書
    • 巻四の竹簡背面に記されており、上下2段に分けられ、それぞれ右から左の方向へ横に 読む形式。
    • 一般に「某地より某地に到るに何里」という形式で記述される。
    • 記述されている地名には「安陸」や「江陵」など、大部分が今の湖北省にある。
       

      このことから、北大秦簡は、今の湖北省孝感地区、あるいは荊州地区から出土した可能 性が指摘されている
  4. 『算数書』類の文献
    • 篇題は整理者が付けた仮題。
      (※張家山漢簡『算数書』および岳麓秦簡『数』、さらには伝世文献の『九章算術』と類似するところが多い。)
    • 『算数書』類の竹簡は、合計4巻、竹簡数は400簡以上にものぼる。北大秦簡中、最も数量の多い文献である。
    • いくつかの算題には、田、租禾などの算題名が付けられていた。
  5. 術数・方技類の古佚書
    • 巻二と巻四に、日書に関する文献がみえる。
    • 巻二中の『日書』関連文献には、2種類の占「見人」
    • 占行・占聞・占雨の計5種類の 文献が含まれており、そのうち占聞・占雨は、これまで秦漢期の『日書』中には見られなかったものである。
    • 巻四中にも『占雨』が見え、巻二中の占雨にと比較して、かなり詳細な記述となっていることが分かる。北京大学蔵西簡竹書中の『雨書』との間には、明らかに発展・継承の 関係が見られると指摘されている。
    • この他、巻四の竹簡の背面に、占卜の辞に属する文章が記されている。その文章は「占いに曰く」で始まり、形式としては四字句の韻文が多い。最後には、吉凶の判断と何の 神霊が祟りをなすかについての解説があり、その性質は、当時民間に流行していた占いに属するもののようである。
       ↓
      これまでの文献には記載されていなかったもの。
    • 方技類の文献には、医方(医者による処方)と祝由術(まじないで病気を治す類)がある。
    • 北大秦簡の医方は、馬王堆漢墓帛書中の『五十二病方』および北大漢簡中の医方とは異なり、正式な薬剤を使用することが非常に少なく、よく見かける動植物や食物、甚だし きは人畜の大小便を用いており、今日の民間療法と類似している。
    • しかも、薬を用いることがしばしば祝由術と結びつけられており、このことは上古において「巫医分かれず」という状況であったことを示していると指摘される。
    • 竹簡とは別に、組の木簡(12枚)にも祝由に関する記述が見られるものがあった。
  6. 『制衣書』
    • 冒頭2簡の上端部にそれぞれ「折(制)」という字と「衣」という字が記されており、元々、篇題が附されていたものと考えられる。
    • 巻四の竹簡正面に記されている。
    • 竹簡には様々な衣服・サイズと裁断・縫製の方法が詳細に記録されており、乏しかった古代の服飾に関する資料の空白を埋める文献として、非常に価値が高い。
  7. 文学類の古佚書
    • 巻一に記されている文献は、女性の語り形式(散文)で話が展開する。「公子」へのひたむきな愛情と、その「公子」の非情な心変わりに対する訴えとが表現されている。既に失われている詩句をいくつか引用している。
    • 1組の木簡には、『漢書』芸文志の『詩賦略』に見える、佚書『隠書』18篇と考えられる内容が記されていた。
    • また160字余りの文字が記されていた1枚の木牘にも、文学作品が記されていた。初 歩的釈読によれば、ここには泰原で死んだ者が3年後に生き返り、献上されて都の咸陽 に到ったことが述べられており、死者の遺体を棺に納めて埋葬するとき、「鬼」の害を避けるにはどのようなことに注意すべきかが論じられていると考えられる。
      ↓ 
      その体裁と内容は、甘粛天水放馬灘秦簡中の「志怪故事」と類似している。
    • さらに、1種の詩賦体の韻文(飲酒に関するもの)が数枚の木牘に記されていた。
    • この他、棗の種のような形をした6面の木の骰が発見されており、その各面には「飲左」「飲右」「不飲」「千秋」などの文字が記されていた。これは宴席において、敗者に罰杯を課す遊技に用いられた骰で、上述の「飲酒歌」と関連があるものと考えられている。

【今後、注目される研究内容】

  • 北京大学蔵秦簡『為吏之道』
    →岳麓秦簡『為吏治官及黔首』や睡虎地秦簡『為吏之道』との比較
  • 北京大学蔵秦簡『算数書』類文献
    →岳麓秦簡『数』書や張家山漢簡『算数書』との比較

北京大学が収蔵した秦代の簡牘は、その内容が古代の政治・地理・社会経済・数学・医学・文学・暦法・方術・民間信仰など多くの領域にまたがっており、その内容の豊富さは、これまでに出土した秦簡の中でも極めて稀である。その大部分は、これまで知られていなかった内容の文献であり、大変貴重な資料と考えられる。

北京大学蔵秦簡には、「六芸」「諸子」等の書籍類が含まれておらず、このことは「焚書」を行ったとされる秦代社会の一般的な状況と合致する。しかし、その内容は、従来出土したものに比べてかなり豊富であり、とりわけ文学作品と、社会生活や民間信仰を反映している大量の記録類は、当時の社会の多様な面を示すものであり、研究を進める上で非常に価値の高いものと考えられる。

(2)北京大学蔵漢簡

北京大学蔵漢簡についても、まだ図版は断片的にしか公開されておらず、釈文に関して1篇を通して全篇が公表されている文献はない。そのため、先行研究は、ほとんど見られない。

以下の内容は、北京大学出土文献研究所が、2009年10月に公表した「北京大学出土文献研究所工作簡報」(総第1期)と中国出土文献研究会「北京大学蔵西漢竹書について」(『中国研究集刊』総第52号所収、2011年2月)や竹田健二「(翻訳)「北京大学出土文献研究所工作簡報」総第一期」(同上)によって作成した。

【北京大学蔵漢簡の入手経路】

北京大学蔵漢簡は、盗掘の結果、流出した竹簡を関係者が買い取り、2009年1月に北京大学へ寄贈したものである(注1)。
北京大学に収蔵された時点では、すでに出土時の状態(巻かれた状態)ではなく、竹簡の配列も乱れていた。竹簡の総数は3346枚(うち、整簡は700枚以上、完簡は1600余枚)(注2)。

  • (注1)出土地・出土時期は不明。
  • (注2)竹簡中には、他に算籌(さんちゅう)と漆器の残片が混じっていた。

【北京大学蔵漢簡の形制・内容について】

竹簡の年代

数術類の竹簡に「孝景元年」(前156)と記された紀年簡があることから、竹簡の年代は前漢中期、その多くは武帝時代(在位前141~前87)に書写されたものと考えられる。

竹簡の形制

  • 簡長は3種に分けられる。(簡端はいずれも平斉)
    (1)長簡:約46センチ(漢代の2尺に相当)、三道編線、内容は主に数術類。
    (2)中簡:30~32センチ(漢代の1尺3~4寸)、三道編線。内容は、主に古代典籍。 
    (3)短簡:約23センチ(漢代の1尺に相当)、両道編線、内容は医学書。
  • 北大漢簡にも、多くの編線の残痕が見え、この編線痕と文字との関係から、筆写した後に綴じられたものも含まれていたことが判明した。
  • 書体について……隷書
    ・篇題について
    いくつかの竹簡の背面には、篇題が記されていた。

北京大学蔵漢簡に含まれる文献名

(以下、『漢書』芸文志の分類に沿って、紹介する。)

  • (1)六芸類……『蒼頡篇』『趙正(政)書』
  • (2)諸子類……『老子』『周馴(訓)』『妄稽』
  • (3)詩賦類……『魂魄賦』
  • (4)兵書類…… 10簡あまり。
  • (5)数術類……『日書』『日忌』『日約』『椹(堪)輿(じんよ)』『六博』『雨書』『荊決』『節』
  • (6)方術類…… 全700簡あまり(うち、完整簡は530簡あまり)。

所収の文献の概要

(1)『蒼頡篇』……70余簡
  • 始皇帝の文字統一の一環として作成された識字書。
  • 「閭里書師」(注3)による60字1章の改編本と章立てが異なり、秦代の原本の様相に接近するものとみなされている。
  • 竹簡の大部分が完簡であるため、今後、配列や篇の構成などの検討が進められるだろう。
    (注3)秦の丞相李斯による「蒼頡七章」
  • 車府令趙高の「爰歴六章」
  • 太史令胡毋敬の「博学 七章」を漢代に入って「閭里書師」が合わせ、『蒼頡篇』と総称した。
(2)『趙正(政)書』……50余簡(もともと篇題は竹簡に記されていた。)
  • 始皇帝の死と秦朝の滅亡にまつわる内容が記されており、始皇帝・胡亥・李斯・子嬰などの人物の言論活動が記述され、始皇帝の臨終の遺命や李斯の獄中の上書も含まれている。
(3)『老子』……218簡
  • 「老子上経」「老子下経」の篇題があり、それぞれ「徳経」「道経」に対応する。
  • 馬王堆帛書、郭店楚簡につぐ、第3の『老子』古本であり、これまでで最も保存状態が良く、完整した漢代の古本である。欠損部分は全体の僅か1%(竹簡にして約2簡分) ほど。
  • 毎章、上部に章を分ける符号があり、内容・篇章の構成は各種版本にみえるものと多少異なっている。『老子』の整理・校勘にきわめて有力な資料と考えられる。
(4)『周馴(訓)』……200余簡(もともと篇題が明記されていた。)
  • 『漢書』芸文志の道家に記録されている「『周訓』十四篇」である可能性が高いと研究者の間で言われている。
  • 内容は、「周昭文公」(戦国中期の東周の君)が「恭太子」(西周の君)に訓戒するという形式を取っており、上は堯・舜・禹から下は戦国中期に至るまでの歴史事項が記されている。これまで見られなかった商湯から太甲への、周文王から周武王への訓戒などを 含み、このほか国を治める君たるの道を述べる長編の文章もある。
  • 戦国晩期に編纂され、貴族子弟に対して政治教育を行うために用いた教材であると考えられており、初めて発見された文献である。
(5)『妄稽』……100余簡(篇題が明記されている。)
  • 士人家庭内部における主人「周春」・妻・妾の葛藤が描かれており、現時点で最古・最長の小説と言える。
  • 「妄稽」とは妻の名であり、容貌も心根も醜悪な人物として描かれている。一方、妾の名は「虞士」といい、こちらは美人で性格も良いとされている。
     ↓
    明確なキャラクター設定がなされた小説。
(6)『魂魄賦』……50余簡(整理者による仮称)
  • 人格化された「魂」と「魄子」との対話形式であるが、『楚辞』のような文体ではなく、4字句を重ねた漢賦に属する。
  • 内容は、魂が魄を旅に誘うが、魄は病弱を理由にそれを断る。しかし、最後は魂の説得に応じて一緒に旅立つというもので、文学性が高いとされる。
(7)兵書類……10余簡
  • 銀雀山漢簡『地典』に似ていることから、整理者は『漢書』芸文志・兵書略の兵陰陽家に分類できる文献であると指摘している。
(8)数術類
  • 『日書』『日忌』『日約』……約1300簡。綴合後の完整簡は約700簡。それぞれ篇題が記されている。『日忌』『日約』の篇題は初めて発見されたものである。『日書』は、大多数がこれまでに出土した秦簡の『日書』にも見られる内容であるが、これまで見られなかった図や文字も少なからず含まれている。

(その他、篇題がある文献)

  • 『椹(堪)輿』(じんよ)……内容は『日書』に類似し、後世の「看風水」の椹輿家と は異なる。
  • 『六博』……博局を用いて占卜を行う書。
  • 『雨書』……風雨気象占候の書。
  • 『荊決』……卜筮の一種であり、算籌を使って占いを行っている書。
  • 『節』……四時節令について述べる『月令』に類似した文献。

※この他、『刑徳』に類似した内容を含む文献もある。これらの篇題とその内容は多くが初めて発見されたものである。

(9)方術類……700余簡(うち、完整簡は約530簡)
  • 各種疾病を治療するための古代の医方書であり、方術類の「経方」類に属す。
  • 内容は、内科・外科・婦人科・小児科など多くの種類の疾病の治療方法について記されており、病名・症状・薬の種類・数量・漢方薬の調製方法・薬の服用方法と禁忌に関することも記述されている。
  • 馬王堆帛書『五十二病方』と類似しており、密接な関係があると指摘される。

【今後、注目される研究内容】

  • 北京大学蔵漢簡は、2011年から2014年にかけて、上海古籍出版社から約10分冊で刊行される予定である。
  • 北大漢簡は、北大秦簡同様、思想や歴史書・医学や数術、文学の領域にわたるまで多種 多様な文献が含まれている。今後は広い視野をもって、検討を進めていく必要があるだろう。
    中国出土文献研究会による北京大学竹簡の実見については、
    こちらを参照 『中国出土文献研究2010』(『中国研究集刊』別冊)

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