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清華簡の公開と研究

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『清華大学竹簡と先秦思想史研究』

湯浅邦弘
中国研究集刊 玉号(総五十号)平成二十二年一月 二八〇―二八八頁

清華簡の公開と研究

二〇〇九年四月二十五日、清華大学では、正式に「出土文献研究与保護中心」(以下センターと略称)を設立し、センター長を務める李学勤教授が清華簡の概要と意義を説明した。李学勤氏は、その際、『保訓』と仮称された竹簡十一枚からなる文献を紹介した。ここには、「惟王五十年」から始まる文章が見られ、在位五十年を迎えた周の文王が子の太子発(武王)に遺訓する内容であることが明らかにされた。

ただ、清華簡の取り扱いについては、やや問題視する声も同時にあがった。なぜなら、センターは清華簡の写真版を公開しないまま、釈文の一部を、言わば小出しにしたからである。その結果、釈文だけに基づく考察がインターネット上に登場し、さらにその考察に対する批判が掲載されるという状況に至った。釈文の一人歩きが始まったのである。

これは、いち早く内容の一部を紹介したいというセンターの善意に基づくものであったと思われるが、実物を見ることのできない内外の研究者は、センターが紹介した釈文を前提に議論せざるを得なかった。実物や写真を公開するのかしないのか。清華大学の姿勢が問われたのである。しかし、郭店楚簡の場合、発見されてから正式な公開まで五年、上博楚簡も七年後にようやく公開が始まった。それを考えれば、清華簡の一部が入手の翌年に早くも紹介されたこと自体、大いに評価しなければならないであろう。『保訓』の写真(計十一枚の竹簡)とセンターによる釈文が正式に公開されたのは、『文物』二〇〇九年第六期の誌上である。ただ、清華簡の実物が公開されないという現実に変わりはなかった。

そこで、我々は、二〇〇九年七月、センターに連絡をとり、李学勤氏との面談、および清華簡の実見を希望する旨を伝えた。これは、筆者が代表者になって日本学術振興会に申請していた共同研究「戦国楚簡と先秦思想史の総合的研究」が平成二十一年度~平成二十五年度の科学研究・基盤研究(B)に採択されたのを受けたものである。幸いセンターからは好意的な回答があり、我々は八月三十日、北京入りした。メンバーは、筆者のほか、浅野裕一(東北大学教授)、福田哲之(島根大学教授)、竹田健二(島根大学教授)、福田一也(大阪教育大学非常勤講師)、草野友子(日本学術振興会特別研究員・京都産業大学非常勤講師)の計六名。我々は、九月一日午前十時、胸躍らせてセンターに赴いたのである。

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