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銀雀山漢墓竹簡博物館

中国山東省学術調査報告 INDEX

中国研究集刊 麗号(総四十八号) 平成二十一年六月 一七二 ~ 一八九頁

六、銀雀山漢墓竹簡博物館

写真A 銀雀山漢墓竹簡博物館

写真A 銀雀山漢墓竹簡博物館

九月七日午後、臨沂市の銀雀山漢墓竹簡博物館を訪問した。前述の通り、我々の訪問は渡航前に手紙で博物館側に連絡しており、博物館から来訪歓迎の旨の返信を受け取っていた。

本博物館は、一九七二年四月に『孫子兵法』『孫★[ピン]兵法』などが出土した銀雀山一号漢墓・二号漢墓のある場所に位置している。一九八一年二月に博物館の設立準備が開始され、翌一九八二年に建物の建築が始まり、一九八九年十月に正式に公開された(写真A)。

博物館に到着後、先ず館員の案内で館内の展示を見て回った。博物館の中心的建物は、「銀雀山漢墓廳」と「竹簡陳列廳」である。「銀雀山漢墓廳」は、一九八四年に完成した建物で、銀雀山一号漢墓と二号漢墓の墓坑をすっぽりと覆う形で建てられている(写真B)。もっとも、発掘の際に、二つの墓は棺郭の部分まで周囲の土が掘り下げられた。現在展示されている墓坑や棺郭は、いずれも後に復元されたものである。建物の壁面にパネルで展示されていた発掘当時の様子を撮した写真からも、そのことが分かる(写真C)。

写真B 銀雀山漢墓廳 奥が銀雀山一号漢墓、手前が二号漢墓の墓坑

写真B 銀雀山漢墓廳 奥が銀雀山一号漢墓、手前が二号漢墓の墓坑

写真C 復元された銀雀山一号漢墓の墓坑と棺棺郭

写真C 復元された銀雀山一号漢墓の墓坑と棺棺郭

続いて「竹簡陳列廳」を見学した。二階建てのこの建物は一九八七年に完成したもので、一階には『孫子兵法』『孫★[ピン]兵法』などに関連する、春秋戦国時代の戦争の様子を示す兵器などの展示がある。二階には、銀雀山漢墓から出土した竹簡や俑、漆器などの展示があった。但し、この博物館には、銀雀山漢墓から出土した竹簡の実物は一つもなく、展示されている竹簡はすべてレプリカである。実物は山東省博物館に収蔵されているのである。

写真D 館長の宋開霞氏

写真D 館長の宋開霞氏(右)研究室主任の楊玲氏

館内を見学した後、館長の宋開霞氏、研究室主任の楊玲氏と面談した(写真D)。面談の際、銀雀山漢墓竹簡中の大量の残簡について、「本博物館では現在研究に取り組んでいるのか。或いは今後取り組む予定はあるのか」と質問した。これに対して楊主任は、「本博物館における研究は国家文物局・孫子研究会・軍事科学院・国防大学による指導の下で行われている。出土した竹簡については三次にわたる出版の計画がある。既に一九八五年に第一次の出版を行ったが、第二次・第三次の出版はまだ行われていない。現在本博物館としては、出土した資料について、それを一般に向けて普及させることに力を入れている」と答えられた。

それを受けて、「その第二次・第三次の出版計画とは、具体的にはどのような予定であるか」と尋ねたところ、楊主任は「第二次は医書、第三次は文帝・武帝期の歴譜を出版する予定である。しかし実際に出版されるかどうかは国家文物局の指導如何による。理由は分からないが現在出版は中断している。詳しい出版予定を知りたければ文物出版社に問い合わせてほしい」と回答された。

更に、「第二次・第三次の出版が予定されている文献について、現在研究チームが存在しているのか」と尋ねると、楊主任は「古籍研究所の呉九龍先生を中心に研究が行われている。発掘当初は二十人ほどの専門家が研究に取り組んでいたが、現在まで継続して取り組んでいるのは呉先生だけであり、整理作業の速度は遅くなった。現在本博物館としての仕事は、(内外の研究者・研究組織に対する)接待が中心である」と答えられた。

続けて宋館長が、「現在本博物館は、兵学文化研究会と簡牘文化研究会との、二つの学会の設立を次の目標としている。銀雀山漢墓から出土した竹簡についての研究は、国の内外で進んでおり、本博物館としても、国防大学や社会科学研究院の謝貴華氏の指導の下で、専門家や学者を集め、共同作業をするつもりである。また、内外で発表されている資料の収集を行っており、協力いただけるとありがたい。共同研究についても取り組んでいきたい」と述べられた。

その後宋館長から、これまでこの博物館が行ってきた出土二十五周年・三十周年・三十五周年の記念事業・記念出版について説明があり、二〇一二年の四十周年にも記念事業を予定しているので、参加をお待ちしているとの発言があった。

面談の最後に、「本来銀雀山漢墓竹簡の実物は、山東省博物館ではなく本博物館において収蔵されるべきであると考えるが、山東省博物館との間でそうした交渉は行われているのか」と質問した。これに対して宋館長は、「遠からず実現するであろう」と回答され、現在は貴重な資料を安全に保管・管理するための施設の準備が不十分であるため、「原簡廳」を建設し、竹簡の保護や研究に取り組む予定であること、できれば出土四十周年に当たる二〇一二年には実現できるよう、努力している旨の説明があった。

戦国楚簡研究会では、二〇〇六年に湖南省での調査を実施し、馬王堆漢墓と、馬王堆漢墓から出土した文物を収蔵・展示する湖南省博物館とを視察している(『戦国楚簡研究2006』〔『中国研究集刊』別冊特集号、二〇〇六年十二月〕参照)。湖南省博物館の視察では陳松長氏が案内してくださったのだが、一般の展示スペースに多数の帛書や簡牘などが展示されており、出土資料の展示は大変充実していた。

銀雀山と馬王堆とは、ともに七〇年代前半に漢墓の発掘が行われ、多くの貴重な文物が出土したが、現在それぞれの地に立つ二つの博物館は、随分と状況が異なっているのである。馬王堆は、博物館や研究機関が多数存在する湖南省の省都・長沙の市内であり、一方銀雀山は、山東省の省都・済南から遠く離れた臨沂にあることが、その違いを生んだ大きな要因なのであろう。

我々は、銀雀山漢墓竹簡博物館の整備が一層進むことを期待しつつ、博物館を後にした。

(竹田健二)

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